第9話

事件
115
2018/01/06 14:52
私がこの世界へ来てから、2週間が経とうとしていた。
もとの時代へ帰るための、今のところの手がかりは、椿の花が彫刻された桐の箱に入った、四神が描かれた鏡を見つけることと貴族の宝を盗んだ妖を突き止めること。
私の陰陽道の勉強はなんとか進んで、ようやく呪術を学びはじめたところだ。
最近は晴明の仕事を見学することもある。
今日、晴明は儀式があるということで、私は自分の部屋の前の縁側に座って、庭を眺めていた。
桜はとうに散って、新緑が芽生えはじめている。

「椿。」

声をかけられた方へ振り返ると、朱雀が立っていた。
朱雀は私の隣にしゃがむ。

「何やってるの?」

「んー、暇だから、庭を見てたの。」

「そう。今、晴明が儀式をしてるみたいだけど、少しのぞきに行かない?」

朱雀がいたずらっぽく笑う。

「いいよ。じゃまにならないように、少しだけね。」

「ええ。」

私と朱雀は立ち上がって、晴明が儀式をしている部屋まで廊下を歩いていく。
その途中、百姓姿の白髪混じりの男性が駆け込んできた。

「た、助けてくだせい。」

私と朱雀は顔を見合わせる。
毎日土いじりをしているせいか、着ている服は土で汚れてボロボロだ。

「どうしたんですか?」

「最近、村の若い男が消えるんだ。朝日が昇ると必ず1人消えているんだ。」

「消えるって…。」

私は話を聞いて、眉をひそめた。
朱雀を見ると、同じように険しい顔をしている。

「…妖の仕業かもしれないわね。消えたのは若い男なのよね?」

「ああ、若い男だ。年寄りや、女子供は無事だ。」

「わかったわ。ついてきて。」

私たちは足早に晴明のもとへ向かった。
晴明がいる部屋へ来ると、ちょうど儀式が終わったところだった。

「晴明。」

私が声をかけると、晴明は柔らかい笑みを見せたが、私の後ろにいた男性の姿を見て、すぐに険しい表情になる。

「何かあったのか?」

「うん。この人の話を聞いてほしいの。」

私たちは中へ入ると、晴明のそばまで行って座り、男性が詳しい事情を説明した。

1週間ほど前に1人の若い女が村にやって来た。
その女は空き家に住みついたという。
それから、夜のうちに若い男が1人ずつ消えるようになった。
男性の長男も3日ほど前に姿を消したらしい。

「なるほど。どうしたものか。」

晴明が大きなため息をつく。

「最近はあまり聞かなかったのだがな。」

「今になって、ようやく妖たちが動き出したということかしら?」

「わからない。しかし、1日でも早く対処しなければならないだろう。」

晴明が私をじっと見つめる。
私の心臓がドクンと大きく脈打つ。

「…なに?」

「お前はどうしたい?」

「へ?」

「朝日が昇るたびに消えるのだから、今から向かわなければ、次の犠牲者が出てしまう。お前は、ついてくるか?」

「…行く!」

少しでも役に立ちたいと思った私は、意気揚々と答えた。
晴明は微笑みを浮かべる。

「わかった。すぐに発つ。朱雀、お前もついてこい。」

「わかったわ。」

「貴人。」

晴明が呼ぶと、ふわっと風が吹き、貴人が姿を現した。

「ここに。」

「話は聞いていただろう。」

「はい。承知しておりますよ。」

貴人がにっこりと笑う。
晴明はすっくと立ち上がった。

「では、行こう。村までの案内を頼んでもいいか?」

「へえ。」

私たちも立ち上がり、すぐに支度を済ませて、村へ向かった。
村は都から少し離れた山あいにあった。
村に着く頃には、日が沈み始めていた。

「今日はうちに泊まってくだせい。」

「ありがたい。椿、お前はこの人の家で待っていろ。」

「え?」

私がついてきたのは、少しでも役に立てればと思ったからだ。
待ってるだけでは、ついてきた意味がない。

「嫌だ。私も何か手伝う。」

「だめだ。」

晴明にはっきりと言われる。
私が納得のいかない表情をすると、貴人が困り顔で晴明の言葉を補った。

「今回の件は、貴女が絡んでいるかどうかがわかりません。相手の真の目的が貴女だった場合、我々と行動を共にして相手と対峙してしまっては危険です。ですから、ここで待っていてくださいませんか?」

貴人にそこまで言われては、これ以上抗うことはできない。
しかたなく、従うことにした。

晴明、貴人、朱雀の3人はすぐに準備を始めた。
私は依頼人の男性の家で夕食をいただいた。
夕食後は何もすることがなくて、すぐに寝床に入ったが、晴明たちが気になって全く寝付けなかった。


晴明たちは小屋で作戦会議をしていた。

「女…と言っていたな。」

「その女、怪しいわよね。」

「ああ。若い男に女…女郎蜘蛛かもしれないな。朱雀、女の見張りを頼む。」

朱雀は力強く頷いた。

「私と貴人はこの村全体の見張りだ。」

「承知しました。」

3人は小屋を出てそれぞれの持ち場についた。
「…ふふっ。計画通りだわ。」

水鏡を使い、私を見ていた女は不敵な笑みを浮かべた。

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