第2話

涙した星々と2人
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2017/12/31 01:23
あれは、小さい頃。

太陽の家族と私の家族でキャンプに行ったときの夜のこと。

お風呂上がり。

まだ乾ききっていない髪が冷たい夜風に冷やされる。

「風邪引くよ? これ、タオル使って。」

太陽は自分の肩にかけていたタオルを私に貸してくれた。

「…ありがと。」

ふかふかの体温が残った、太陽の洗剤の香りがした。
太陽はニカッと笑い、

「女の子を大切にしなさいってお母さんに言われてるからな。風邪引いたら困るし。」

と言った。

「優しいね太陽は。」

太陽はこの言葉に怒った。

「優しいのは僕じゃない。お母さんだ。」

私はその言葉に愛情を感じた。 

「うん。太陽も太陽のお母さんも優しいよ。」

太陽は照れながら“そっか。”っと納得した。

「でも、そしたら亜澄も優しいよ。亜澄も亜澄のお母さんも。」

その言葉はお世辞も何もない。
本当の優しさだった。

「ありがとう。…見て。」

私は視線を上に向けた。
そこには宝石たちが散らばっていた。

「これなーんだ?」

私はその宝石たちの名を聞いた。
知らなかったわけではない。
本当にクイズのようなものだった。

「あれはね、人が悲しんだ数だよ。涙の粒なんだ。」

彼は遙か彼方を見ていた。
宇宙(そら)よりもっと遠く。
辛い思いを瞳に映して、ずっと探していた。

「…何かあったの?」

彼がその名を知らないわけなかった。
私は彼の表情を伺い聞いた。

「…お母さんがこの間、倒れたんだ。」

初めて聞いた話だった。
太陽のお母さんは優しくて、いつも笑顔で、料理上手で、絵本読むの上手で、心配もしてくれて、一緒に外で遊んでくれて、いつも元気で…

“いつも元気”

この言葉に息が詰まった。
その瞬間こみ上げてくる涙を止めることが出来なかった。
息を吸い込めない。
苦しい。

「…どうして亜澄が泣いてるの?」

“泣くよ!”
力強く出てくる言葉は声には現れなかった。

言葉が出ない代わりに心の底からの悲しみが泣き声として溢れ出た。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

真っ白な息が2人を包んだ。
涙で太陽の顔も見えない。
星々が滲んでいたからか、星たちも泣いているように見えた。

「なんで泣くんだよ…」

私は必死で答えた。

「グズッ…だっで!…だいようのおがあさんは!…」

息を思いっきり吸った。
肺がぱんぱんに膨らむまで。

「わだしのおがあさんでもあるんだもん!!…うぁぁぁぁぁぁぁん!!」

太陽はこのとき初めて私の前で涙を見せた。
袖の長いパーカーで涙をぬぐう。

「うぅ…死んで欲しくないよ…。うぁぁぁん!!」

思いっきり泣いた。
苦しかった思いはほんの少し軽くなった。






「…太陽、そろそろ戻らないと…お母さんたち心配するよ。」

太陽は隠していた涙顔を消して私の方を見た。

「…そうだね。ただ、約束して欲しい。」

太陽が滅多に見せない真面目な顔が口を開いた。

「このことは誰にも言わないで欲しい。」

「秘密?」

「そう、秘密。」

「うん。秘密。分かった。」

「ありがとう。」

でもその真面目な顔は太陽のお母さんが亡くなった以降、毎日見る表情となった。




「……」

「あ、起きた。」

目を開いたら太陽が真っ先に入ってきた。

「…今、何時限目?」

太陽は時計を見て言った。

「3だよ。」

「そんなに寝てたんだ…。」

うんと頷く。
あぁ…真面目な顔だ。笑わない。
変わらない表情。

「…あの夢を見たの。」

「あの夢?」

「うん。キャンプの時の。」

「…あれね。」

目を合わせない。
逃げてるだけじゃん。と思うが、あのお母さんが居なくなってしまうのはとても辛かったと思う。

「あの星。今度見に行かない?」

「…デートの誘い?」

「違うよ。お母さんのこと、聞きたくて。」

「やめてくれ、思い出したくない。」

また目をそらした。

“嫌いだ。そんな顔しないで。”

心の中で食い止める。

「そうやってまた逃げるの?」

「は?」

声が震える。彼の心を代弁できるのは私。
その私が彼の心を裏切ったら、彼はどんなに苦しいか。

─でも、逃げて欲しくない。

「いつまで逃げるの?人生がつきるまで?またお母さんに会えるまで?」

「……うるさい。」

私も太陽にこんな追い詰め方したくない。
でも、太陽に変わって欲しいから…。

「…嫌だよ。太陽。あの笑顔。またみたいよ…。」

正直な気持ちを伝えたかった。

「…変わらないといけない。やめてくれ。もう忘れたい。」

悪いタイミングでチャイムが鳴った。

「もう行くわ。」

「ごめん…」

太陽の俯く顔は見たことないほどどす黒いものだった。





















私は、水銀を飲み込んだように胃が重たく感じた。
太陽にどの言葉をかければよかったのか、分からなかった。

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