わからない…
…動ける。息もできる。
でも………
────何も、思い出せない…。
呼吸も、瞬きもできるのに頭の中だけ真っ白。
白紙のスケッチブックのように、
はたまた真っ白なキャンバスのように
頭の中には何もかかれていなかった
自分のこともわからず、
ここがどこかもわからない
そして私はパニックになった。
けど、ふと机の上に置いてある日記に目が向いた
なんとなく、読んだほうが良いような気がした。
ただ、それだけだった
その日記の表紙には私の名前らしきものが書かれていた
めくってみる
11月20日 ───────────────
|こんにちは、私。
|よくわからないけどお母さんに
|勧められたから書いてみることにしました。
|続けられるかなぁ…
───────────────────
最初の方は毎日続けていたようで
ページごとに違う他愛ないことばかり書かれていた。
学校のこと、友達のこと、家族のこと…
日常的なことばかり書かれている。
11月30日────────────────
|今日は瑞希達と出かけた。
|瑞希がすごい楽しそうにしてた
|まふゆと奏が楽しめるか不安だったけど、
|思ったよりも楽しめてそうでよかった
────────────────────
友達かな?なんだかんだ私も楽しそう…、
2月18日──────────────
|今日は後悔した。ずっと家にいた。
|家でダラダラしてたけど、
|そんな事してる暇があるなら
|その時間を練習にあてればよかった
─────────────────
練習……?なんのだろう…
3月20日────────────
|今日はひたすら絵を描いた。
|全然納得できない。
|なんで良いのが描けないの
|お父さんはちゃんと現実を見ろなんて言ってきた。
|言われなくたってそんなの
───────────────
ところどころインクが滲んでいる
泣いたのか…悔しかったのか
4月10日───────────────────
|今日はちゃんと覚悟を決めた。
|私は、画家になる。私も絵と一緒に生き続ける。
|これからはそのためにするべきことをする。
|たとえそれがどんなに苦しい道でも私はなる
──────────────────────
私は、きっと絵が好きなんだな描くことも
4月30日────────────────────
|今日は私の誕生日!
|皆からプレゼントいっぱい貰っちゃった
|でもお母さんのチーズケーキが一番嬉しいかもな
|…嬉しすぎて、言葉が出てこないから今日はここまで
────────────────────────
そこからは回数が減って、
内容も同じようなことが増えた。
そしてあるページで私の手は止まった。
11月12日────────────
|今日は??の誕生日。
|プレゼント喜ぶかな
|反応見たいからあとで書きに来ます。
──────────────────
日記はここで終わっている。
肝心の誰か、の部分が掠れていて分からない
目を凝らしてじっとその部分を見つめる
ううん、違う
わからない、けど…何かが引っかかる…。
ほかの読み方…
あ……なんか
しっくりきたか
痛い。頭が割れそう……っ
でも、
“思い出せそう”
今まで一度も出てこなかったこの名前
聞き覚えがあるはずなのに
きっと私にとって
彰人は……
そうだあの日彰人は……
──prrr…
そう言ってまたいつもの素っ気ない返事をするのだろうと
思いながら強めに電話を切ろうとした。
返事はなかった。
かわりに、向こう側で何かが起きた気配だけがあった。
次の瞬間、通話は途切れた
彰人は信号待ちをしてる時に車に突っ込まれてそのまま
歩道側に飛ばされたらしい。
その時飛ばされただけならまだ助かったかもしれない。
けれど電話が切れたあと、
自分の見た目も気にせず走り出したわたしの目に映ったのは
歩道の壁に寄りかかって頭とお腹から血を流した彰人だった
返事はなかった。ただ虚ろな目で腕をだらりと垂らしていた
その目にはもうわたしはうつってなかったし、
その腕で荷物を持ってくれることも、
わたしを小突いてきたり、怪訝な顔をすることも
もうなかった。
当時あの道は見通しが悪いと苦情を受け
道を工事していた。その関係で迂回ルートが渋滞。
結果救急車の到着が遅れ彰人は……
苦しかっただろうなぁ……っ
車の運転手は持病を持っていたらしい。
急に意識を失ってそれで…
……っううん、かかなきゃ
日記を完成させないと
7月29日──────────────────
|…今日、全部思い出した。
|
|忘れていたわけじゃなかった。
|思い出せないように、していただけだった。
|あの日が誕生日だったことも、
|帰ってきてほしいと願ったことも、
|返事がなかったことも。
|
|もう、逃げなくていい。
|思い出しても、私はここにいる。
|
|この日記は、
|忘れるために書いたものじゃない。
|ちゃんと生きるために、残したものだ。
|
|だから、ここで終わりにする。
|
|わたしは“解離性健忘症”だった。
|けれどもう…
|……今日からは忘れない。
|このページを閉じて、私は前を向く。
────────────────────
私は日記を閉じて部屋を後にした。
扉から出るとなんだか久々に外に出た感じがする。
伸びをして階段を下りる
もう空はすっかり澄み渡っていた
追記,加筆修正しました。2026-01-04








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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!