ズンと重い雰囲気で、重たい緊張。それはかつてのゆぅろぴあを彷彿とさせる程だ。
しかしゆぅろぴあでも経験したことの無い種類の、独特な雰囲気。
ワタルとドッペル、そしてハヤテ、シンタ、マドカ、ユズリハ。
ワタルとドッペルは隣に座り、他の4人はその向かい側に座っている。
流石に学校内で話す訳にはいかず、今の時間帯は親が仕事なハヤテの家まで移動した。
その際ユズリハが影でかなり喜んでいたが、それは割愛する。
この物語は曲がりなりにも怪異譚であって、ラブコメではないのだ。
ドッペルが茶化すように言う。
ハヤテはワタルの方を見る。
ワタルが話せ、と無言で言っているのだ。
唐突に話題を振られ軽くパニくる。
別にワタルも隠したい訳ではないし、むしろ共有できるなら嬉しい。
しかし最初から話して信じてもらえるだろうか。
そもそも話しても良いものだろうか。
そんなネガティブな感情ばかりが頭を駆け巡る。
ワタルはドッペルの方を見て、「何を言っているんだコイツは」とでも言いたげな表情を浮かべる。
ドッペルは守護霊というよりも怨霊だ。
否、元々人でない分、怨霊よりもタチが悪い。
人を呪い、恨み、怨み、憎しみ、羨み、それを存在意義とする人間の負の遺産。
それがドッペルという都市伝説。
守護霊どころか、むしろ守護霊を駆逐していてもおかしくない種類の存在の筈だ。
ハヤテは一度押し黙る。
そう言われればその通り。
肯定材料は無いが、否定材料も無いのだ。
ドッペルは嘘八百を顔色も変えずに口にすることができる。
ワタルが下手なことを言っては台無しだ。
ドッペル本人だったというのについに別人扱いしてきた。
さっきの男性はまだ生きている(筈)というのに死人扱いをしだした。
ちなみにこれも嘘である。
全然普通に映る。
シンタはバタバタと手を動かす。
ハヤテはそれをスルーする。
どうやら一応、守護霊ということで納得してくれたらしい。
ワタルはほっとする。
ワタルも、シンタやマドカに嘘を吐きたい訳ではないし、ハヤテやユズリハを騙したい訳でもない。
ただ、都市伝説の原理や自分がやっているドッペルの手伝いは、正直に言ってワタルもあまり理解できていない。
理解できていないことは説明のしようがない、というのもある。
あの時、ワタル以外には死の危険が迫っていた。
幸いそれを自覚する前にドッペルが討伐したので大事には至らなかったが、ドッペルが、ワタルがいなければとんでもない、下手したらゆぅろぴあ以上の恐怖体験を味わっただろう。
重苦しい空気から、段々と和やかな雰囲気になる。
マドカは立ち上がる。
ハヤテは手をひらと振る。
ハヤテ以外の園児は立ち上がり、玄関に向かう。
ドッペルは何故かゆっくりと立ち上がり、ハヤテの近くに行く。
そして耳元で囁く。
やけに耳に残る声で、ねっとりと絡みつくような声色で。
低いというのに高い、しかし威圧感はあり圧迫感は無い、そんな声と話し方で。
小さな声でそれだけ言うと、にっこりと笑ってドッペルはワタルの元へと歩いて行った。
シンタは曲がり角でワタルの姿が見えなくなるまで手を振り、そして歩き出した。
シンタは1人、帰路について早めの速度で歩いていた。
都市伝説に関わって、守護霊(本当は都市伝説)を見て、背後が怖くなったからだ。
物音1つに反応してしまい、物陰がつい気になってしまう。
シンタ本人は認めたくないが、怖がりな性格なので、後ろを振り向きたくなる衝動を抑えてこうして帰路を急いでいるのだ。
シンタは忙しなく辺りを見回す。
普段は気にならないものも、夕暮れ時になってしまうとつい気になる。
気にもとめない家、風景、道の模様。
日常の中で意識から外れるものばかりが目に入る。
そしてそんな中、ふと、シンタの視界に気になる物が入り込んだ。
およそ無視ができない不思議な存在感をまとって、シンタの足を止めた。
小さな雑木林。
その入口辺りにある、ボロボロの神社。
荘厳な気配も、騒然とする威厳もなく、全てが色褪せてしまっている。
立派だったのだろう鳥居も、お社も、すっかり寂れ、世界から取り残されたかのような有様だ。
いつも通っているというのに、今まで全く気が付かなかった。
ボロボロなのと夕暮れ時なのも相まって、かなり不気味に見えてくる。
実際、昼間でも不気味だし怖いだろう。
この廃神社はそれ程までに、何かとんでもないものを抱え込んでいるように見える。
しかしシンタは心優しい子供。
その不気味さと恐怖よりも、同情と慈悲が勝った。
シンタは時間を気にしつつ、廃神社の鳥居を潜る。
ひやりと首筋が冷たくなった。
先程、数時間前にワタルが感じた感覚と似たもの。
しかしシンタにはそんなことは分からず、脊髄をやすりで触られたかのような感覚に戸惑うだけだ。
その瞬間、シンタは感じたことの無い息苦しさを感じた。
体から力が抜け、その場に倒れる。
受け身すら取ることもできず、ただ藻掻く。
カナタなら、この感覚を「溺れている」と思うだろう。
シンタは喉に、とてつもなく冷たい液体のようなものを感じた。
冷たい水を飲み、しかし足りず、気管、そして肺にまでそれは入ってくる。
ふと、何かの気配を感じた。
人のようで人ではない、形の無い何か。
もがき苦しみながらも、その気配のする方を必死に見る。
しかし、それを視界に入れる前にシンタの意識は遠のき、視界もぼやけてしまった。
シンタの意識が途切れる寸前、辛うじて見えたのは。
おぞましい、おどろおどろしい、圧倒的で理不尽な。
人の形を取らない黒い何かだった。
ワタルは保育園の入口で大きな声を上げた。
シンタが保育園の建物の奥から出てくる。
ワタルはそそくさとマドカを外に連れ出す。
ワタルは首をブンブン振る。
そもそもドッペルはワタル以外を守ろうとしない。
そんなリスキーなことはできない。
ワタルはやっと安堵する。
マドカは渋々といった様子でワタルから離れ、そして何かを思い付いたようにシンタの所へと向かった。
マドカが行きたがっている心霊スポットは、このようないわくがある。
そこはとある一軒家だ。
そこは大人が入ると呪われるという。
過去は大家族が住んでいたが、そこの住民はある日突然皆殺しにされた。
原因不明、正体不明で、他殺かすらも分かっていない。
何度も同じ手でのせられるシンタだった。
マドカは不審そうに見るハヤテの視線から逃げるようにシンタの手を引っ張り、ハヤテから遠ざける。
2人は小さな一軒家の前に立っていた。
雑草に囲まれ、全体が汚れ、家としては既に機能しないだろう場所。
既に辺りは薄暗い。
遙か向こうにオレンジに染まった空が見える。
お互いの親にお互いの家に泊まるからと嘘を吐いてこの時間に来たのだ。
肝試しするには充分すぎる雰囲気。
マドカとシンタは歩き出し、家の裏まで回る。
雑草が生い茂る道を進むと、1つの井戸が見えてきた。
マドカはどんどん近づいて行く。
そして落ちないように気を付けながら中を覗いた。
シンタはマドカに駆け寄り引っ張る。
そのまま後ろに下がらせる。
シンタの体から力が抜け、マドカの方へ倒れ込む。
マドカは倒れたシンタを揺さぶる。
シンタはその両目を閉じ、全身の筋肉を弛緩させている。
要は眠っている。
マドカは試しにシンタの頭を軽く叩いてみる。
しかしシンタの意識は戻らず、小さな寝息を立てている。
マドカが井戸の方を見ると、ガシャン、と音が鳴り響いた。
井戸の中からガシャンガシャンと金属同士がぶつかり合うような音が響き続ける。
井戸の中から金属の塊が這い出ようとしてきているかのように。
シンタは答えない。
深い眠りについてしまったかのようにこんこんと眠っている。
井戸から何かが這い出してくる。
それはゆっくりと少しずつ全身を井戸から引っ張り出すような動きで、それが機械的な動きなのがまた恐怖を煽る。
その全容を把握したマドカは1人そう呟く。
井戸から出てきたのは、全身を鎧で固めた鎧武者だ。
ただ首が無く、首があるべき所に何も無い。
マドカが瞬きした時には、既に目の前にいた。
マドカとシンタの方に手を伸ばし、引きずり込もうとしているのは一目瞭然。
しかしマドカはシンタを置いて逃げようとは思えなかった。
だからマドカは、シンタの手をぎゅっと握った。
目も瞑り、覚悟を決めた。
鎧武者は、いつまで経ってもマドカとシンタに手を出さなかった。
マドカが恐る恐る目を開けると、鎧武者は腕を失くしている。
シンタが呻く。
すると、シンタの体から黒い霧状の何かが零れ出た。
零れ、溢れ、飛び出した。
その霧は水のような動きで鎧武者に絡みつくと、反抗も抵抗も許さず、鎧武者を食い尽くした。
本当に比喩抜きで、喰らい尽くした。
口なんて無い筈なのに。
そして鎧武者が完全に姿を消すと、その霧もまた、シンタの中へと収まった。
その空間に、もう、シンタの中の怪物の腹を満たすものは存在しなかった。







































編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。