「こんばんは。今日も元気ですね!」
「はぁい❤️天乃さんのおかげでぇ❤️毎日元気に生きてまぁす❤」
素敵な笑顔で迎えてくれたのは近所に住む田村さん。
私がこのアパートに引っ越してきた頃とほぼ同時期にこの家に越してきた。
近所ということもあり何かと関わることが多かったからか、今では都会に来てからとても懇意にしている人物の1人だ。
「どうぞ、南蛮さんの卵です。こちらは音さんです。今日から一緒に住むことになりました!」
振り返ると、眉間に深いシワを寄せた音さんが立っている。
音さん…眠いんでしょうか?
「何、この気持ち悪い人」
「まぁ音さん!人にそんなことを言ってはダメです!」
「大丈夫ですよォ天乃さん❤️…アラ❤️あんらまぁ❤️今度はまた…美人な人が来ましたねぇ❤️ほんっと天乃さんはモテるんだからァ❤️」
男が体をくねらせながら音さんに擦り寄る。
「え、なに…うわっ!」
「うふぅん❤️ちっちゃくて可愛いィ❤️」
「はなし、あ、ちょ、離し、あ、天乃、たすけ」
今度は抱き着かれているようだ。
音さんが手足を振り回して暴れている。
「あらあら。それは田村さんなりの歓迎の挨拶なんですよ!」
「いらなっ、く、くるし…」
すぐに仲良くなれたみたいでよかったです!
…あら?なんだか音さんの顔色が悪くなってるような…。
…きっと気の所為ですね!
突然音さんの動きが止まる。
ふふっ。音さんも受け入れてくれたみたいです。
すぐに仲良くなった2人に安堵の笑みがこぼれる。
「ようこそぉー❤️歓迎しまぁす❤️」
「歓迎の挨拶が終わったみたいですね!さ、音さん帰りましょう」
「……」
「音さん?」
「…………………………………………………………………」
「動かないですよォ?❤️」
返事がない。
目を瞑っている。
体も自分の力で支えておらず、田村さんに寄りかかって支えてもらっている。
まさか…
「きっと疲れて寝ちゃったんですね、音さん」
「あァ、なるほどォ❤️ならゆっくり寝かせて上げてくだサイねぇ❤️」
「はい、そうします。きっと慣れない環境にいるからでしょうね。私も上京した時は大変でした」
眠っている音さんを持ち上げ肩に担ぐ。
「はぁ、最近体力も筋力も落ちてきてしまって…。前は人1人くらい軽々持てたんですけど…」
今は少し重く感じてしまいます。やっぱり運動しないとダメですね。
「それでは田村さん、さようなら!」
音さんを担ぎながら頭を下げる。
「はぁい❤️さよならァ❤️」
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部屋に戻り何気なくテレビをつける。
特に興味もない天気予報のニュース番組を流し、ソファに深く腰掛けてため息を吐く。
はぁ、まったく。
俺はいつまでこのキャラ続けるんだっつの。
めんどくせぇ。
自分が尊敬していながらも、とても面倒でいつも困らせてくる人物の顔を思い浮かべる。
あー、胃が痛てー。
……報告、するか。
立ち上がり、組用の携帯から電話をかける。
「お勤めご苦労様です、田村です。…えぇ、また男が。今までのとは随分毛色が違いますけど…はい」
相手の笑い声が聞こえる。
本当にこの人は…。
自分の娘をなんだと思ってるんだ…。
「すぐに調べ…て………」
ふと目に入ったテレビ画面を見て固まる。
天気予報の途中、緊急ニュースが流れ始めた。
『緊急ニュースをお伝えします。
昨日、夕方6時半頃から、
世界的天才ピアニスト「音上楽音」さんが
行方不明となっていることがわかりました』
「音上楽音」という名前と同時に映し出されたのは、ついさっきまで一緒にいた男の画像。
『警察は防犯カメラの映像や目撃証言をもとに捜索を続けており、明日には約100名の捜索員が…』
「あー…っと…」
…これは…深く考えたら負けだ。
うん。俺はなんも知らねぇ。
見なかったことにしよう。
どうせあの人テレビとか見ねぇだろーし。
「一応…調べます。…ネットでわんさか情報出てくるだろうけど…(小声)っ!ああいえ!なんでも…。…はい…はい。…あの、俺がこのキャラやる必要って…あっ、ちょ、切ろうとしないでください!はぁ…。ええ、わかってますよ。不必要な干渉はしません。…はい…はい。失礼します」
電話越しに頭を下げる。
電話が切られたのを確認し、再度テレビ前のソファに座り込む。
…はぁ。めんどくせぇなぁ。
不審な男が手に包帯巻いてるし、お嬢のTシャツには血が付いてるし…。
てか9月中旬にTシャツって寒くないんか。
「…でも、かわいいんだよなぁ。あの野郎、お嬢泣かせたら速攻沈めてやる…!」
男を絞めたことは、まったく後悔していない。
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「よいしょっ」
担いでいた音さんを床に下ろす。
「…うぅ、………はっ!」
仰向けに寝転がっていた音さんが飛び起きる。
「あら、音さん起きました?やっぱり病み上がりですし、疲れてるなら先にお風呂に入って…あ、石鹸買ってこなきゃですね」
今ならまだ雑貨屋さんが開いてますね。薪割りは…
「ぼく、なんで一日に2回も殺されそうになってるんだろ」
男が蹲りながらブツブツと何かを呟いている。
やっぱり疲れてるんですね。すぐに必要なものを買ってこなくては!
押し入れから畳んだエコバックを取り出す。
「音さんは体を休めておいてくださいね。私は買い物に行ってきます。御手洗はその扉のところです。お風呂は石鹸がないので待っててください。台所の横にコップが置いてあるので喉が渇いたらちゃんと水を飲んでくださいね。何かわからないことはありますか?」
問いかけると男の独り言が止まった。
「…ううん、ない」
あと伝えなきゃいけないことは…ないですね!
箪笥から着替えを取り出して風呂場に入り即座に着替える。
音さんの服、どうしましょう…。お店の人に聞けば大丈夫でしょうか。
「無理しないで安静にしてて下さいね」
靴を履き、ドアノブに手をかける。
彼だったらこんな時…
「ねぇ天乃」
「はい?」
突然呼びかけられ後ろを振り返る。
「いってらっしゃい」
「ッ!! 」
身体が固まる。
どうしましょう。
きっと今私、とても変な顔してます…!
「? どうしたの?」
胡座をかいて不思議そうに自身を見つめる男。
「い、いえ!なんでもないです!いってまいります!」
男の視線から逃れたくて急いで外に出る。
「いってらっしゃい」…ですか。
「…ありがとうございます、音さん。…えへへっ!」
帰ってきたら、「おかえり」って言って貰えるでしょうか。
舞い上がるような気持ちで、雑貨屋へと足を向けた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!