第11話

(観察)日記
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2023/02/02 09:35 更新
9月20日(日)


天乃ちゃんが夕方頃に卵を持ってきてくれた。
南蛮さんの卵だ。
あの子たちの卵はいつ食べても美味しい。

音くんを紹介された。
なんでも、これから一緒に住むそうだ。
あの子が幸せそうでよかった。
しかしまさか、音上楽音を連れてくるとは思わなんだ。

いつかその時が来るまで、秘密にしておこう。


9月21日(月)


気持ちのいい快晴の一日だった。

朝、天乃ちゃんに代わって音くんに薪割りを教えた。
まぁ薪割りといっても、端材を適当に割るだけだが。
彼の心底嫌そうな顔は、なかなか面白かった。

ピアノの調律をした。
調律技能士の資格を持っておいたのが幸をなした。
音くんがチューナー代わりになってくれて助けられた。

音くんのピアノは、それはそれは凄かった。
天才と謳われるのもわかる。

昼頃、天乃ちゃんが一度帰ってきた。
音くんの昼食を作りに来たんだそうだ。
唐揚げさんと南蛮さんも外に出し、地面にシートを敷いて昼食を食べていた。
あの様子を見るに、音くんは天乃ちゃんに胃袋を掴まれたらしい。
9月22日(火)


外から魚の焼けるいい匂いがした。
炭火で焼いた魚の朝食は、さぞ美味しかろう。
だが、朝一にスーパーに行って生物を買ってくるのは大変そうだ。

アパートの壁は薄い。
音くんのピアノが丸聞こえだ。
なかなかどうして、荒んだ音が聴こえてくる。
天下の音上楽音。
しかし彼もまた、一人の人間なようだ。

夜、天乃ちゃんが訪ねてきた。
なんでも、音くんに英語が読めないことを指摘され
申し訳ないから私に教えて欲しいんだそうだ。

休みの日にでもゆっくり教えてあげるとしよう。

……彼女は優しい。
しかし優しすぎて、それが結果的に彼女を苦しめている。

…もう二度と、あんなことが起きないことを願う。
あの日、もし音くんが現れてくれなかったら……考えるだけでも恐ろしい。
いつ、彼女が壊れてしまうか、わからないのだから。

音くんには、天乃ちゃんにもう少し優しく接してあげるように話をするべきかもしれない。



9月23日(水)


いってらっしゃいませ、と声をかける天乃ちゃんの元気な声が聞こえた。
音くんは周辺の散策に出掛けたようだ。
この辺りに人はほとんど居ない。防犯カメラもない。
渡辺組のシマであるこの地域では彼は自由に出歩ける。

今日の天気は曇りのち晴れ。

天乃ちゃんは午前は暇なので、と言って洗濯板で服を洗っていた。
そろそろ洗濯機の存在を教えてあげた方がいいだろうか。

その後、帰ってきた音くんと天乃ちゃんが一緒に洗濯物を干していた。
音くんは洗濯物を干すのがとても下手で、随分と時間が掛かっていたからわしも手伝った。

明日も晴れだと言ったら今度は布団を干すそうだ。
音くん、頑張れ。
9月24日(木)


早朝にアパートの住民全員分の布団を干した。
音くんは布団叩きも下手だった。

昼、出かけていた天乃ちゃんと音くんが帰ってきた。
2人ともマスクをしていたので、どうやら少し遠出したようだ。

音くんはげっそりしていて、話を聞いたら
何キロも歩きで移動させられた、だとか
床屋で無理やり写真を撮られそうになった、だとか
スーパーの半額品戦争に巻き込まれた、だとか。
たしかに、両手に大きな袋を持った天乃ちゃんはホクホク顔をしてとても満足、といった様子だった。

音くんはわしに天乃ちゃんの愚痴を言っていたことがバレて、頬をつままれていた。
思っていた以上に伸びたそうで、天乃ちゃんが面白がって音くんの顔で遊んでいた。
音くんは終始嫌がっていたが、ミニトマト1パックで手を打ったそうだ。

今日の音くんのピアノは、心做しか楽しそうに聞こえた。
ファンタジーもとても綺麗だ。読書が進む。


9月25日(金)


今日は小雨が降る、どんよりとした天気の一日だった。

天乃ちゃんは一日仕事らしく、昼にも帰ってこなかった。
後から聞いたら、音くんの昼食はおにぎりを作っておいたらしい。
天乃ちゃんは、これからはこういうことも増えるだろうということで、休日に音くんに料理を教えるのだと息巻いていた。

夜、今度は音くんが尋ねてきた。
とても動揺した様子だったので、一度落ち着かせて話を聞いてみた。

音くんは今まで、天乃ちゃんがどこで風呂に入っていたのか知らなかったそうだ。
彼女はいつも、音くんが上がる時にはもう既に寝る準備をしていたそうで、銭湯にでも行っているのだと思っていたらしい。
まぁ、それはそうだろう。
普通の人ならば、まさかドラム缶でお湯を沸かして外で風呂に入っているなんて発想は出るわけない。

説明すると、音くんはぽかんとした顔をして「…そう」とだけ言って帰って行った。

音くん、わしは長いこと生きとるが、あれほどまでに完璧な宇宙を背負った猫のような顔を見たのは初めてだよ。
貴重な経験をありがとう。
9月26日(土)


晴れの一日。

早朝4時、2人が洗濯竿を使って野菜を干していた。
音くんは無理やり起こされたようで、不機嫌そうにしながら時折立ったまま寝ていた。
その度天乃ちゃんに大声で起こされていたが。

天乃ちゃんは夕方まで仕事。

音くんは午前中はずっとピアノを弾いていた。
飽きないのだろうか、と思っていたが、私の予想は当たったようだ。

昼過ぎに音くんに本を貸した。
あまり本を読んだことがないそうだから、色々なジャンルのものを貸した。
どうやら音楽史の偉人伝記と、推理小説が気に入ったようだ。
伝記は何となく分かってはいたが、推理小説を選んだのは意外だった。
本人曰く「なんとなく面白いと思った」だそうだ。
わしも推理小説はよく読む。
ここにある分でもあと80冊以上はあるので、また貸そう。

夜、天乃ちゃんに英語を教えた。
…彼女の修得の速さは化け物並みだった、とだけ記しておこう。
この才が、いつかこの子の身を滅ぼしませんように。


9月27日(日)


今日は朝から2人で料理の特訓をしたそうだ。

おにぎりを作り、私にも試食させてくれた。

私の前に出されたのは、鉄球のような丸い塊と、絵本でしか見た事がないような完璧なおにぎり。
誰が作ったのかはすぐにわかった。

音くんのおにぎりは、なんというか…うむ。
顎が砕けるんじゃないかと思うくらい硬かった。
食感が石並みにゴリゴリしておった。
音くんもそれが食べてみてわかったらしく、口元を押さえて固まっていた。
その明らかにおにぎりではないナニカを平気な顔して食べていた天乃ちゃんにはさすがのわしでも驚いた。

天乃ちゃんは顎も強いらしい。
お塩付けすぎちゃいましたね、なんて言っていたが。
天乃ちゃん、常人に味を感じる余裕は無いよ。

昼にはそぼろ丼を作ろうとしたそうだ。
包丁の握り方から教える必要があったらしく、とても大変だったが楽しかった、と言っていた。

音くんに挽肉を炒めてもらい肉そぼろを作ったが
結果できたのは丸焦げのハンバーグだったそうだ。
包丁でみじん切りにして無理やりそぼろにしたんだとか。
困ったのは卵のそぼろで、作ってもらったら薄く伸ばした卵焼きができたので、そぼろ丼を作るはずが急遽コンソメオムライスにメニューを変更したそうだ。

玉ねぎを炒めるのは上手に出来てました、と天乃ちゃんが嬉しそうに言っていた。

夕方頃から天乃ちゃんは仕事に出かけた。
明日の朝まで帰ってこない。
働き詰めで大変そうだが、これが彼女の日常だ。

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