飛行機での「夢」を見てから、
早いもので二週間が過ぎていた。
慌ただしいスケジュールの中、
IVEとしての日常を全力で駆け抜けるリズとレイ。
けれど、二人の間にはあのフライト以来、
言葉にせずとも通じ合うより濃密で特別な空気が漂っていた。
翌日がオフという日の夜。
レイの自室で、二人は一緒に映画を見ようという
約束をしていた。
ジウォンは別の仕事があったため帰宅が少し遅れていたが、
レイは部屋の照明を落として彼女を待っていた。
23時過ぎ。
扉を開けて入ってきたジウォンは、
少し疲れた顔をしながらも、
レイの顔を見るなりパッと表情を明るくした。
二人はごく自然に、
レイのベッドの上に並んでうつ伏せに寝転がった。
選んだのは、一本の恋愛映画だった。
二人の主人公がすれ違い、切ない運命に翻弄されながらも、
最後には真実の愛で結ばれるという王道のストーリー。
映画が進むにつれ、二人はいつの間にか
寝転がっていることも忘れ、息を呑んで画面に見入っていた。
レイがふと隣を盗み見ると、ジウォンの琥珀色の瞳には、
今にも溢れ出しそうなほど涙が溜まっていた。
レイは微笑みながら、そっとジウォンの手を握った。
ジウォンは視線をスクリーンに固定したまま、
レイの手をぎゅっと握り返す。
鼻を啜りながら、ジウォンはレイの肩に頭を預けた。
やがて映画はクライマックスを迎え、
美しい夕陽の中で二人はプロポーズを交わす。
画面に大写しになった二人の指には、
愛の証である指輪が輝いていた。
エンドロールが流れる中、
ジウォンは満足げに再び仰向けに転がり、
レイはうつ伏せになって肘を立てジウォンの顔を覗き込んだ。
二人は、世間が言うような「付き合っている」という定義には当てはまらないかもしれない。
けれど、メンバー以上の
魂の深いところで繋がっている特別な存在であることは、
二人とも確信していた。
ただ、その関係に名前をつけるのが、
あまりにも難しすぎるだけなのだ。
そんな中、ジウォンふと思い出したかのように声を上げた。
レイが首を傾げると、ジウォンは起き上がり、
ズボンのポケットをまさぐり始めた。
取り出されたのは、小さな茶色の袋。
照れくさそうに差し出された袋を
レイは驚きながら受け取った。
中を開けると、
そこには繊細な花柄のモチーフが連なった
ブーケのようなブレスレットが入っていた。
レイは一瞬、息が止まった。
夢の中で見たものと、
デザインが全く同じというわけではない。
けれど、その「花」を象った贈り物という共通点に、
レイの胸は激しく波打った。
あの墓前で供えた花、あの塔の上で誓った愛。
それらすべてが、
このブレスレットに凝縮されているような気がした。
黙り込むレイを見て、ジウォンが急に不安そうな顔になる。
レイは慌てて首を振った。
レイはすぐにブレスレットを左手首につけた。
ジウォンはそれを見て、ホッとしたように顔を綻ばせ、
レイの手首を愛おしそうに撫でた。
深夜の静寂の中、
二人はそのままレイのベッドで一緒に眠ることにした。
横になってからも、レイは左手を高く掲げ、
月明かりの下でブレスレットを眺めていた。
ジウォンが可笑しそうに笑い、
二人はどちらからともなく手を繋いだ。
繋いだ手の温もりを感じながら、
二人は深い眠りに落ちていった。
かつての静寂が嘘のように、ジウォンの屋敷の中に、
一人の小さな男の子の声が響き渡っていた。
四歳になる男の子、スヒョン。
ジウォンとレイが結婚して一年が過ぎた頃、
縁あって二歳で養子として迎え入れた、
二人の愛する息子だった。
白髪の混じったベネディクトが、
必死にスヒョンの後を追いかけている。
スヒョンは廊下の角を曲がり、
今度はレイの元へと飛び込んだ。
レイもエプロンをなびかせて、息子を捕まえようと必死だ。
スヒョンが楽しげに笑い声を上げた、その時だった。
二階の執務室の重厚な扉が、勢いよく開いた。
階段の上から響いたのは、凛とした、
けれど明らかに怒りを含んだジウォンの声。
レイとベネディクトは顔を見合わせ、肩を落とした。
スヒョンはピクリと体を震わせ、恐る恐る上を見上げた。
階段をゆっくりと下りてくるジウォンは、
厳しい表情を崩さない。
彼女はスヒョンの元まで来ると、
遊んでもらえると思って期待の眼差しを向ける
息子の首根っこを、子猫のようにヒョイと掴み上げた。
ジウォンはそのまま二階へと引き返し、
執務室の椅子にスヒョンを座らせた。
ジウォンがスヒョンの目の前に立ち、威厳を持って見下ろす。
スヒョンは椅子の上で小さくなり、
膝の上で手をにぎにぎと動かしながら、
今にも泣きそうな顔で俯いた。
そこへ、レイが控えめにドアを開けて入ってきた。
案の定、説教の真っ最中。
スヒョンはレイの姿を見つけるなり、
縋るような視線を送った。
レイは呆れながらも微笑み、ジウォンの隣に歩み寄った。
スヒョンがジタバタ暴れ始めると、
ジウォンはスヒョンを椅子から持ち上げ、
自分のデスクのすぐ隣に立たせた。
スヒョンがぐずり始めると、レイは彼の傍にしゃがみ込み、
小さな耳元でそっと囁いた。
レイの優しい声に、スヒョンはこくりと頷いた。
少し不満そうに、けれど大人しく立ち尽くし、
ペンを走らせるジウォンの横顔をじっと見つめるスヒョン。
ジウォンは執務に戻りながらも、
隣に立つ息子の気配を愛おしそうに感じていた。
その様子を後ろで見守るレイの左手首には、
あの日、二人の世界を繋いだあのブレスレットが、
窓からの光を受けてキラキラと輝いていた。
静かな執務室に、さらさらとペンが走る音だけが響いていた。
一時間が過ぎた頃、
ジウォンは最後の一行を書き終え、
ふうと深く息をついてペンを置いた。
隣を見ると、そこには言いつけを守り、
微動だにせず立ち続けていたスヒョンの姿があった。
小さな体で精一杯背筋を伸ばし、
大きな瞳をこれ以上ないほど見開いて
ジウォンをじっと見つめている。
その顔には「もういいでしょう?」という無言の訴えが
これでもかと書いてあった。
ジウォンは、張り詰めていた表情をふっと綻ばせた。
スヒョンはここぞとばかりに殊勝な態度で頷く。
だが、ジウォンは意地悪く笑って首を振った。
スヒョンの瞳にみるみるうちに涙が溜まり、
今にも零れ落ちそうになる。
ジウォンは大袈裟にため息をつきながらも、
優しく手招きをした。
スヒョンが不思議そうな顔で近づくと、
ジウォンはその小さな体をひょいと持ち上げ、
自分の膝の上に座らせた。
スヒョンは驚きながらも、
ジウォンの温もりを感じて安心したようにこくりと頷いた。
ジウォンはスヒョンの柔らかな髪を撫でながら、
少しだけ真面目なトーンで語りかけた。
ジウォンはスヒョンの顔を覗き込み、柔らかく微笑んだ。
ジウォンが机の引き出しから取り出したのは、
包み紙に入った小さなチョコレートだった。
それをスヒョンの口に放り込んでやる。
スヒョンはパッと目を輝かせ、
頬を膨らませたまま声を弾ませた。
ジウォンが満足げに笑うと、スヒョンは甘いものを食べて
喉が渇いたのか、甘えた声を上げた。
ジウォンはスヒョンを抱えたまま立ち上がり、
廊下へ出ると、今度は手を繋いで
ゆっくりと階段を下りていった。
一階では、忙しなく立ち働いていたマーサが
二人を見つけて足を止めた。
マーサが膝をついて尋ねると、スヒョンは迷わず答えた。
マーサは微笑んで厨房へ消え、
すぐにスヒョンのためのオレンジジュースと
ジウォンのための香り高いコーヒーを持ってきた。
ラウンジのソファで一息つきながら、
二人は今日あった出来事や庭に咲いた花の話などを
軽く交わした。
ジウォンにとって、このひとときが何よりの癒やしだった。
だが、コーヒーを飲み干すと、
ジウォンはスッと立ち上がった。
スヒョンが今度は本格的にぐずり出し、
床に座り込もうとする。
しかし、ジウォンはそんな息子の抵抗をものともせず、
再び軽々とその体を脇に抱え上げた。
ジウォンの情け容赦ない宣言と共に、
スヒョンは叫びながら再び連行されていった。
ちょうどその時、
中庭から洗濯物を取り込んで戻ってきたレイが、
バタバタと二階へ上がっていく足音を聞いて立ち止まった。
レイが苦笑いしながらマーサに近寄ると、
マーサも肩をすくめて応えた。
レイは左手首で揺れる花柄のブレスレットを直し、
平和で騒がしい「我が家」の日常に、幸せな溜息をついた。
皆様たくさんのコメントありがとうございました!
全部読んでいます!本当に嬉しくて嬉しくて…
リクエストを書いてくださってる方もいらっしゃったので、またお応えできたらなと思ってます!
















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。