「うちの立場は“諜報員“。君と会った時は変装した姿だったってわけ」
音奈は廊下を軽い足取りで歩いていく。歩くたびに、リボンの髪飾りがひらひらと揺れた。
光輝は音奈に黙ってついて行く。
音奈は歩きながら光輝が気になっていた事を説明してくれた。
反社会的勢力『神無月』
ここ約6年で急成長を遂げた構成員約5000人からなる反社組織である。
首領は黒島柩曳。
その下に五大幹部、上級構成員、中級構成員、下級構成員、準構成員と続く。
世の中のありとあらゆる犯罪は元を辿れば必ずこの組織に行き着くと言われている。
真実かどうかは定かではない。
「そうなんですか」
「驚かないんだね」
「もう驚くことにも疲れてしまって」
光輝の声は疲れきっていた。この状況で疲れない人間はほとんど居ないと思うが。
音奈はある扉の前で止まった。
細く、白い指がドアノブにかかる。
音奈は静かに扉を開けた。
そこは六畳ほどある部屋だった。
床にはマットが敷かれ、可愛らしい服やぬいぐるみなどが散らばっていた。
部屋の中央に少女はいた。
服やぬいぐるみには目もくれず、膝を抱えてただ一点を見つめていた。
その姿は一つの芸術作品のようだった。
しかし、僅かに震えているのを光輝は見逃さなかった。
光輝が声をかけられずにいると少女がこちらに気づいた。
少女は小走りで光輝のそばまで来ると光輝の手をぎゅっと握った。
「この子の事は何処まで知っているの?」
音奈は落ち着いた声色で光輝に聞いた。
慌てた光輝は感情を押し戻すと口を開いた。
「何も知りません。名前ですらも」
光輝の眼に僅かに悲しみの色が宿った。
「そっか」
音奈はそれを見逃さず、慰めるように明るく言った。
「じゃあ教えてあげる。知ってもこの子の事嫌いにならないでね」
柩曳が『黒蝶』と呼んでいた存在だし、音奈も大事にしている雰囲気がある。
何よりこんな組織にいるのだ。
普通の少女でない事は百も承知である。
光輝はゆっくり頷いた。
「如月麻那、うちと同じ幹部の1人だよ」
音奈は少女_麻那に言い聞かせる形で話す。
「麻那はうちの“暗殺者“なの。光輝が考えているような綺麗な子じゃない」
光輝はただ黙っている。
麻那は音奈と光輝を交互に見比べて首を傾げた。
何も分かっていない虚な瞳を何処に向けたらいいか迷っているようだった。
そんな麻那を見て音奈は優しく微笑むと光輝に視線を向けた。
「麻那が記憶喪失なのは間違いない。光輝の役割は麻那の面倒を見る事。うちらは警戒されてるからね」
「…分かりました」
光輝はこの謎多き少女を見下ろして言った。
少女は相変わらず虚な瞳を光輝に向けていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。