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第17話

任務 拾陸
26
2024/06/11 00:27 更新
眠らない町、歌舞伎町。
東京都、新宿区に位置するそれは日本最大級の歓楽街である。

スーツを身に纏っている会社員サラリーマン、派手な髪をした男、うら若い女子など性別年齢を問わず、現実を忘れる為にやってくる。
クラブ、パブ、スナック、それぞれの店がどれも輝いていた。
もう陽が落ちた空さえ、演出の一つに見えた。
そんな良くも悪くも現実離れした場所に光輝は立っていた。
いつも通りパーカージャージを着て、若干俯いている。
この町に溶け込んでいそうに見えるが、流石に浮いていた。
光輝は冷や汗をかき、浮かない表情だ。
ここ数日少しは前向きになった様に見えたのに、気のせいだったのかと疑わせてくる。
先程、派手な格好をした女や不潔な格好をした中年の男に絡まれ、精神が疲弊していた。
健康的な人でも、気が滅入るだろう。つい最近、病み期回復しつつある光輝が耐えられるわけがなかった。
光輝は音奈に貰った名刺に視線を落とす。
煌びやかな名刺は光輝と違ってこの場所によく馴染んでいた。
音奈から聞くまで光輝は“ホストクラブ”という存在どころか“ホスト”という職業も知らなかった。
自分なりに調べて感じたのは、未知の世界への驚きと不安と少しの好奇心。
時刻は20時13分。
丁度開店した頃だ。
光輝は軽く息を吸って吐くと地図アプリのナビ通りに歩き出した。
10分ほど歩くと目当ての建物が見えてきた。到着予想時刻より3分程遅れたのは無意識に遅く歩いていたせいだ。
店を前にして光輝は本気で帰りたくなった。
流麗な英語で書かれた店名が星に負けない明るさで輝いている。
謎の高級感を纏った店は異界の城のように見えた。
そんなところに堂々と入って行く勇気など光輝にはなく、扉の前で立ち尽くすしかなかった。
「お兄さん、入るの?」
急に後ろから鈴の鳴るような可愛らしい声が聞こえて光輝は思わず扉の前から飛び退いた。
後ろに立っていたのは黒い髪をツインテールにした女の子だった。
大きなリボンがついたブラウスとフリルがついたスカートを身につけ、飾りがついた厚底ローファーを履いている。
独特な化粧メイクが施された顔が不満気に歪んだ。
「入らないならどいてくれません?それとも新人ですか」
「え、あ、あの」
女子に鋭い視線を向けられて光輝は言葉が出なくなった。
「あれ、それ名刺?」
「え、はい」
女子が光輝の持っている名刺に気づいた。
「お兄さん、もしかして初回?」
「えっと知り合いに紹介されまして…」
光輝の言葉を聞くとさっきと打って変わって女子は嬉しそうに笑った。
「えーそうなんだ!男性客は珍しいから嬉しい!初回なら何も分からないでしょ、私が教えてあげる!」
女子は光輝の手を引っ張ると扉に手をかけた。
「え、あのっ」
光輝は何もできないまま一緒に店内に入ってしまった。
女子の綺麗に巻かれた髪とリボンの髪飾りが揺れる。
それはこの異界の雰囲気によく似合っていた。

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