―エリアゼロの出来事から1ヶ月後。
ポケモン図鑑を開いていた私は、最初のページから最後までスライドをさせながら、番号の抜けがないことを確認した。
…うん、ない。絶対に、ない。
―ドサッ
そして地に倒れた。
目の前に広がる青空に浮かんだ雲を見ながら、「長かった…長い道のりだった…」とボソボソ呟いた。
なんという達成感だろう。
攻略サイトも見られない今、前世から微かに残る記憶と試行錯誤を重ね、ようやく、図鑑が埋まったのだ。
最後に捕まえたのは準伝説達だった。
レホール先生の授業の単位を取った際に依頼されたもの。
封印はストーリー進行中に見つけるたびにちょこちょこ抜いてたんだけどね。
これも封印の剣がどこにあるかわからなくて、かなり手こずった。
次にやるのは育成と特訓。
せっかく全部のポケモンを手に入れたからにはやるしかない。
ガチパはできあがってるけれど、いつネモに抜かされるかわからないから。
身体を起こしたその時、スマホロトムから着信音が鳴り響いた。
予想していなかった音に声を上げつつ着信を取ると、
聞き覚えのある声がスマホロトムから聞こえてきた。
ジニア先生だ。
ちょうど図鑑が埋まった報告もしたかったし、ナイスタイミング!
図鑑が埋まり達成感からか、声が上ずる。
ドヤ顔を見せたいところだが、目の前にいないのが残念でならない。
きっともらえるのは“ひかるおまもり”だろう。
色違いポケモンに出会いやすくなるのは嬉しいことだ。
そこで私は、ジニア先生から連絡をもらっていたことを思い出した。
なんか、聞いた…いや、見たことのある台詞。
まさか、まさか、
ずっと好きだったゲームの世界。
でも、私の最推しのキャラにはまだ出会えてなくて。
やっと
やっと会えるのだ。
そう、スグリに!
目の前に広がる田園地帯。
サラサラと優しい風が、私の三つ編みをなびかせた。
つい声が漏れる。
ジニア先生から電話をもらってすぐ学校に戻った私は、ストーリー通りブライア先生と出会った。
そして翌日にはキタカミの里に訪れていたのだった。
林間学校で一緒になった生徒たちが口々に言葉を漏らす。
確かに、飛行機とバスを乗り継いでここまで来たのだ。私も身体がバキバキになっていた。
生徒たちが元気に返事をする。私も声を揃えた。
が、内心はこんな感じ。
私の頭の中はスグリとゼイユで満たされていた。
急に声をかけられ、身体がビクつく。
つい我を忘れていた。
振り向くとそこには、ブライア先生が私をにっこり笑顔で見下ろしていた。(実物はゲームで見るより美しい…!)
話を聞いてなかったことがバレていらっしゃる。
さすが先生だ。
あぁ、そういえばそんな話あったな。
少しずつストーリーを思い出していく。
生まれてから15年。
前世の記憶はゲームのことしか覚えてないし、やりこんだから割と覚えている方だと思ってる。
手を上げ、私はスイリョクタウンがある方へ走り出した。
そしてコライドンをモンスターボールから出し、背中にまたがる。
頭をゆるりと撫で、「走れー」と言った。
それがまずかった。
とにかく風を切る。
コライドンも気持ちいいんだろう。いつもよりもはちゃめちゃに速い。
ちょっと息がしづらい。少しだけ後悔した。
スイリョクタウンの入口付近に辿り着いた私は、コライドンから降りて息を整えた。
そしてコライドンをボールへ戻し、髪を整える。
村の人をびっくりさせないよう、ここからは一人で歩いていくことにした。
すると、公民館であろう建物の目の前に2つの影が立っているのが見えた。
聞き覚え…じゃない。見覚えのある声。
まだ声変わりもしていない、少年らしい声で
その持ち主を見つけ、
心の中で大発狂した。
内心ご乱心状態の私だが、表情を作るのは慣れている。
私は2人に駆け寄り、ニッコリと微笑んだ。
(な…生スグリと生ゼイユだーーー!!!!わぁぁぁぁ会いたかったよぉぉぉぉぉスグリ可愛すぎなんだけどゼイユ美人すぎなんだけどなんなの?この2人ビジュよすぎん?)」
生で見る2人は本当に顔立ちが整っていて、スグリは可愛らしくゼイユは本当に本当に美人だった。
あくまで表情は穏やかに、ね。
これ以上私を乱さないで欲しい。
ハァハァしてしまう。
首を少し傾げ、ニッと笑って見せた。
わかってるよ。戦うんでしょ?
予想通り。というかストーリー通りだ。
そんなゼイユの言葉を聞き、ゼイユの背中に隠れていたスグリはひょこっと顔だけを出して言った。
もう本当に存在が全てが神がかってます。
ありがとう!!転生!!
そして強制イベント開始。
ゼイユの手持ちは覚えてるけど、DLC序盤だもんね。弱いのはわかってる。
でも敢えてガチパで牽制しようと思ってガチパで揃えてきた。
私は最低な人間だ。でも手を抜くなんて失礼だもんねっっ!!
あくまで「しょーがねーな」感を出してみた。カッコつけてます。すみません。
そして私は位置につく。移動などで身体もガチガチになってたし、ちょうどいいのかもしれない。
位置についた私は、いつもの“ルーティン”を行う。
両方のつま先をトントンと地面にそれぞれならし、グローブをキュッと締め直した。
スグリがそんな私を見てる気がする。なんかキラキラした目で見られてる気がする。
が、今は目の前のゼイユだ。
繰り出されたのはポチエナ。レベルは高そうだ。
でも、
私が負けるなんて、ありえないのだ。
勝負はあっけなくついた。
もちろん私の圧倒的勝利。
最後の勝負の決め台詞はいつもこれ。
だって現実は、ゲームと違って締まりがないから。
驚くスグリと、手を震わせながら視線を落とすゼイユ。
私はへへっと笑いながら、ゼイユの元へ走っていき、手を差し出した。
でも、ゼイユは手を取らない。
拳を握り、プルプルと震わせている。
なので私が無理繰りゼイユの手を取ってやった。
ごめんね、強引なの!
やばい、口が止まらず、べた褒めムーブ&アプローチが発動してしまった。
ボタンに「それやめろ」って言われたばかりなのに。
でも、嘘はついてない。むしろ本音しかない。
それほどまでにゼイユは好きキャラなのだ。
顔を伏せ、プルプルと肩を震わせるゼイユ。
あれ、やっぱりやっちまった?
戸惑っていると、ゼイユはなんとも言えない表情でこちらを見据えて言った。
おん…言われてしまった。ちょっと引いてるようにも見える。
お友達作戦は失敗に終わった。
すると、後ろから誰かが私達の元へ駆け寄ってくるのが見えた。
声の持ち主は初老の男性。きっと管理人さんだ。
その男性を見るなり私の手をスルリと抜け走り出すゼイユ。
スグリはそんなゼイユと私を交互に見て戸惑っている。
とびきりの笑顔で、私は手のひらをスグリに見せて振った。
嬉しそうに走っていくスグリ。
可愛すぎて死ぬかと思った。
私はひとしきりうっとりした後、
2人が走り去ったタイミングで話しかけてきた男性の方へ振り向いた。
ニコッと笑って見せた。嘘ではない。
私が遊んでもらったのだ。
管理人さんは薬を持ち、バタバタとバス停の方へ走っていった。
私はその背中を見送ったあと、バトルで少しだけほぐれた身体をさらに伸ばした。
そして、頭の中で今後のスケジュールを練り始める。
そして結論が出た。
今夜私は、キタカミの里を回ることにした。
(さてさてどうやって抜け出しましょうか)
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。