第26話

流血の帝国外交 『再起の主演』
107
2025/09/24 08:49 更新
クラリル・フェル・ラルダイト
あ、いたいた。
 朗々たる声が聞こえたのと、フェリスによるユリウスの治療が終わったのは、全く同時のことだった。
 ユリウスたちが抜けたばかりの林から、疲労の色を微塵も感じさせずに手を振る『魔帝』――クラリルが現れた。

 ユリウスとフェリス、そしてラインハルトは、追手である九神将のグルービーとモグロの撃退に成功した。
 途中、ヴォラキア最強の『青き雷光』セシルス・セグムントの襲撃もあったが、ラインハルトのおかげでなんとかそれも撃退している。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
クラリル、無事かい?
クラリル・フェル・ラルダイト
なんとか、ね。さすがにヒヤヒヤさせられたよ。ライも元気そうで何より。
 この戦いで多くの結果を出した二人が、互いに手を叩き合う。
 ヴィンセントからクラリルが戦った相手の正体が『精霊喰らい』だと聞いたときにはユリウスは肝を冷やしたが、さすがはクラリル、杞憂だったらしい。
ヴィンセント・ヴォラキア
よもやあれらを涼しい顔で退けるとはな。それだけの力があれば、見つけ出しさえすれば謀反者をどうとでもできようよ。
ユリウス・ユークリウス
――謀反者。
 手を叩き、クラリルとラインハルトを称賛する皇帝の言い分、そこに引っ掛かりを覚えてユリウスが口の中でその言葉を転がすと、ヴィンセントは重々しく頷く。
ヴィンセント・ヴォラキア
貴様ら王国の人間も、このヴォラキアの伝統的な訓戒は知っておろう?
ユリウス・ユークリウス
帝国主義······帝国民は精強たれ、とした教えですね。その志への個人的な意見は避けますが、今日の帝国の繁栄に欠かせぬ訓戒かと。
ヴィンセント・ヴォラキア
その通りだ。そして、その訓戒は帝国全土、皇帝の座すら例外ではない。あらゆる地位も名誉も、力によってこそ得られ、力によって奪われるのが必定だ。
 ヴィンセントの語る帝国主義に、ユリウスたちは眉を寄せる。何故、この流れで帝国の在り方を四人に説くのか。だが、すぐに四者同様の答えが出る。
フェリス
もしかして、誰かが帝国の座を狙って、反乱を起こそうとしてるってこと?
ヴィンセント・ヴォラキア
勘がいいな、半獣。
フェリス
で、でも、陛下を暗殺して席が空いても、次に座る人が首謀者だって丸わかりじゃない。そんなことして、誰が玉座を認めるの?
クラリル・フェル・ラルダイト
フェリス、それは王国流の考え方だよ。でも、ここは王国じゃない。帝国なんだ。
 信じられない顔のフェリスが、クラリルの指摘に頬を強張らせる。しかし、ユリウスもラインハルトも、何よりヴィンセント・ヴォラキアがそれを否定しない。
ヴィンセント・ヴォラキア
そう、ここはヴォラキアだ。力で己が価値を証明する。それは皇帝の座とて例外ではない。
 その説明にフェリスは「そんなの······」と言葉を濁し、黙り込む。
クラリル・フェル・ラルダイト
――。とにかく、陛下の暗殺を企むものが帝国内部にいる可能性はわかりました。その人物がライを罠にはめたと、陛下が考えていることも。ですが、九神将のバルロイ殿はどうなりますか?
ヴィンセント・ヴォラキア
考えようはいくらでもある。バルロイが余を狙う不届きな輩の目論見に気付いたか、あるいは余の手駒を削る目的か。とはいえ、奴は九神将の末席。後者の目的にしては、やや手応えの浅いところを狙ったと考えざるを得ん。
クラリル・フェル・ラルダイト
それどころか、バルロイ殿のことがあって、水晶宮の騒ぎは拡大した。そうなったら陛下の警戒を招いて、かえって目的を遠ざけかねない気も······
 ましてや、ルグニカ王国の使節団が来訪している状況下で実行する利点があろうか、とユリウスはクラリルの意見に心の中で付け足す。他国からの使節団がきていれば、水晶宮の警護はいつも以上に厳重となる。
 それを念頭に入れ、その上で無理をする余裕など――
ヴィンセント・ヴォラキア
目的が余の首だけならば、確かに敵の狙いは曖昧となろう。だが、現状、貴様らが置かれた状況を推測に加えればどうだ? さすれば、敵の真の狙いが透けてくる。
ユリウス・ユークリウス
我々の状況······
 ヴィンセントの発言に、ユリウスはしばし沈黙する。それから、まさかの可能性に思い至り、形のいい眉を顰めながら、ユリウスは皇帝を見つめた。
ユリウス・ユークリウス
まさか陛下は、暗躍する敵は王国と帝国の戦争を望んでいる、と?
 ヴォラキア帝国の九神将の一人が殺害され、皇帝陛下の身柄が王国騎士に連れ去られた状況だ。何度も懸念している通り、一手間違えれば、両国の開戦は避けられない。
 そしてそれこそが、ヴィンセントの首を狙う敵方の目的だとしたら。
ヴィンセント・ヴォラキア
バルロイの死を貴様らの仕業と見せかけ、余の首をも奪えれば戦争は免れん。元々、龍との盟約が曖昧になったと考えられた時点で、王国に攻め入るべきだという声は少なからずあった。――貴様らは身命を賭し、余を守らねばならんな。
フェリス
性格悪い笑い方······
 我が身を狙われながら、ヴィンセントは上機嫌に口元を緩める。その微笑を見たフェリスが忌々しげに呟くのを、ユリウスは咎めることまではしなかった。
 実際、悪趣味と嘆きたくなるような奇妙な状況だ。よもや、王国に忠義を誓い、剣を預けたはずのユリウスたちが、ヴォラキア皇帝の命を守る日がこようとは。
クラリル・フェル・ラルダイト
ですが、そうなると······バルロイ殿が狙われたのは、その戦争を起こすための切っ掛けを作るため。その切っ掛けとなれば、誰でもよかったと。
ヴィンセント・ヴォラキア
相応の立場の人間であれば、な。その点、九神将であり、己の足で立つ分には本領を発揮できぬ奴は絶好の獲物だったと言えよう。
クラリル・フェル・ラルダイト
なるほど······
 クラリルとヴィンセントの会話を聞いて、ユリウスは一人無念さに目を伏せる。
 バルロイと交わした言葉は少なかったが、彼が一角の武人であり、そうなるために血の滲むような鍛練を積んできたことは想像に難くない。そうして、実力主義の帝国で実績を築き上げ、九神将の地位まで辿り着いた人物の最期が、想定外の奇襲。
 それはあまりにも――
ユリウス・ユークリウス
――不自然、ではないか?
ラインハルト・ヴァン・アストレア
ユリウス?
 顎に手を当てて、ユリウスは直前の自分の考えを反芻する。バルロイの死を悼みながら、彼が死した大部屋の状況を改めて思い返し、違和感に気付く。
 そして、その違和の原因を突き止めるべく、「ラインハルト」と友人を呼び、
ユリウス・ユークリウス
大部屋に案内され、バルロイ殿が倒れる直前に君の時間が盗まれた。君はそう話してくれたね。間違いはないだろうか。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
ああ、間違いないよ。バルロイ殿を救えなかったのは僕の不明だ。ああした出来事は経験がないから、僕も正直、困惑しているが······
ユリウス・ユークリウス
君を責めるつもりはない。ただ、腑に落ちない。――何故、敵方はラインハルト、君を狙わなかった?
ラインハルト・ヴァン・アストレア
――? それは、僕が死ぬだけだと不十分だからじゃないのかい? 相手の狙いが王国と帝国の戦争にあるなら、ヴィンセント陛下の死が不可欠で······
ユリウス・ユークリウス
それなら、君とバルロイ殿の双方を殺し、同時に戦力を削ぐ手もあった。また、クラリルも呼んで死体を三つ並べるのもよかったかもしれない。
 究極的なことを言えば、ラインハルトとクラリルの存在が神龍と同等――否、二人揃えば神龍以上の戦争抑止力となる。これはユリウスだけでなくフェリスも同意見だと思うが、『剣聖』と『魔帝』さえいれば、それだけで戦争など終わりかねない。だとしたら――
ユリウス・ユークリウス
――敵には、君でもクラリルでもなく、バルロイ殿しか狙えない理由があった。
フェリス
王国と帝国の戦争、だけが目的じゃないの? なんで自分たちの身内だけを······
ヴィンセント・ヴォラキア
違うな。そうではない。なるほど、逆であったか。
 ユリウスの推論にフェリスが混乱すると、それを飛び越えてヴィンセントが理解を示した。皇帝は唇を横に裂いて、その黒瞳でユリウスを真っ直ぐに見る。
 背筋の凍るような感覚を味わい、ユリウスは頬を引き締め、その視線を見返した。
ヴィンセント・ヴォラキア
神妙に答えよ。貴様の推論に従えば、何故に不逞の輩は『剣聖』ではなく、バルロイめを狙った? 両国の戦争に誘導しつつ、『剣聖』を見過ごす道理はなんだ?
ユリウス・ユークリウス
それは······
 問いかけに舌が渇くのを感じて、ユリウスは一度、息と唾を呑み込んだ。そして、ラインハルトとフェリスとクラリルの視線を背中に、ヴィンセントへ答える。
 敵の狙い、ラインハルトではなく、バルロイが『殺された』のは――
ユリウス・ユークリウス
――九神将の一人、バルロイ・テメグリフの生死が、敵の計画の一部だからです。
 ――場所は水晶宮より北へ数キロ、広大な山岳地帯の入口へと移る。

 管理人不在の管理小屋の中、顔を突き合わせている逃亡者たち。その話し合いの中、ユリウスの語った推測に、ラインハルトとフェリスとクラリルは顔を見合わせる。
 ユリウスの語った内容、それはつまり――
ラインハルト・ヴァン・アストレア
倒れたバルロイ殿が、死を偽装していた······敵方の協力者だったと?
ユリウス・ユークリウス
九神将の死が事態を動かす切っ掛けとなるなら、最も容易い方法は当事者たる九神将を味方につけることだ。味方からの不意打ちや奇襲は、帝国では日常茶飯事······裏を返せば警戒されている。火種を作るのも簡単じゃない。
フェリス
それなら、最初から死に役の九神将を味方に入れておく? それって······
クラリル・フェル・ラルダイト
できない話じゃなさそうだね。九神将が一人やられたら、あとは他の九神将が私たちを処理すればいいんだから。
 王国騎士が九神将と皇帝を害したとなれば、帝国全てが敵になる。――現状も、その一歩手前には陥っているが、状況さえ作れば敵方のやることはない。邪魔者の口封じは、追手となる九神将が成し遂げてくれる。
 しかし、そうなってはいない。主にラインハルトのおかげで、未だヴィンセントとユリウスたちの首は繋がっている。これなら、王国と帝国の戦争を食い止める希望もある。
ユリウス・ユークリウス
ここまでわかれば、あとは水晶宮へ陛下をお連れして、敵の正体を暴けばいい。今回の一件、入念な計画が必要なはずだ。可能な人間は限られる。
ヴィンセント・ヴォラキア
で、あろうな。まずは見事と言っておこう。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
さすがはユリウス。僕とクラリルとフェリスでは、そこまで思いつかなかった。
 ヴィンセントの称賛に、ラインハルトが便乗する。その評価を過分と受け止めつつ、しかし状況は単純化された代わりに、困難な部分も浮き彫りになった。
 勝利条件がはっきりした以上、敵も死に物狂いでこちらを止めにくるということ。そしてその中には、あのバルロイ・テメグリフも含まれているはず。
 故に、油断ならない状況が予想され――
ユリウス・ユークリウス
――やはり、そう簡単に事は運ばないか。
フェリス
もうもうもう! 息つく暇もないってまさにこのことなんだけど!
 周囲を睥睨するユリウスの隣で、地団駄を踏むフェリスが不満を爆発させる。
 ヴィンセントを連れて水晶宮へ戻ること、それを勝利条件と定めた方針が決まり、管理小屋を飛び出したところで、一行は無数の敵意に足を止めていた。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
これだけの数に囲まれて気付けないとは······不覚を取ったね。
 ユリウスと同じく、周囲を警戒するラインハルトが後手に回ったことに眉尻を下げる。不本意そうな彼の態度は珍しいが、その自省も仕方のない状況だ。
 なにせ、見落とすには無理のある気配に周囲を取り囲まれている。
クラリル・フェル・ラルダイト
十、二十······うーん、五十はいるんじゃないかな?
フェリス
わーお、嬉しくない報告。クラリルの加護って、そんなはっきり見えちゃう?
クラリル・フェル・ラルダイト
水晶宮の言葉を訂正するけど、魔法も加護も私の大事な力ってことかな。
フェリス
うーん、上手くまとまったようでまとまってない······
 おずおずと、クラリルの後ろに隠れるフェリス。クラリルの言う通りなら、管理小屋の周囲に現れた気配の数はこちらの十倍以上――それがヴォラキアの正規兵ではなく、件の黒幕の刺客であることは間違いない。
 刺客の姿は視認できず、完璧に木々と一体になった隠密具合だ。準精霊の導きに従って目を凝らしても、その姿は判然としない。
ヴィンセント・ヴォラキア
さしもの『魔帝』も、帝国随一の猟犬の目からは逃れられんか。
フェリス
その口ぶりだと、お知り合いなんですか? でしたら、陛下の方からビシッと叱ってもらえません? ほら、もうフェリちゃんたちとは運命共同体ですし。
ヴィンセント・ヴォラキア
無駄であろうよ。造反に協力した以上、余が奴らを許すことなどない。奴らもそれがわかっていて、密偵と斥候の本分を捨て、こうして刺客に鞍替えしたのだ。
 腕を組み、ヴィンセントは尊大な態度のまま、自分を取り囲む気配に目をやり、
ヴィンセント・ヴォラキア
大方、甘い誘い文句に乗った手合いであろう。余が皇帝の座を譲った暁には、弱小部族の待遇が変わるとでも言われて相手に降ったか。――安いな、凡俗めらが。
フェリス
あのあの、陛下······話し合いが無理でも、別に挑発して怒りを買う必要はないんじゃないかなーってフェリちゃん思うんですけどぉ。
 辛辣なヴィンセントの物言いに、周囲から向けられる敵意が一層強くなる。元々、皇帝を弑逆しに集まったものたちだ。その最後の躊躇いも、今の一言で完全に消える。
 途端、聞こえ始めるのはキチキチと、こちらを威嚇するような耳障りな音――
ヴィンセント・ヴォラキア
連中の準備が整った証よ。相応に手強いぞ。そら、余を守ってみせよ。
 猛然と、凄まじい勢いと速度で管理小屋に殺到するのは、その背中から薄い皮膜のような翅を生やした人影だ。人と同じ五体を持ち、しかし、決定的に異なった部分がいくつも見られる異形。翅もその一部であり、他にも触覚や複眼、差異は数多くある。
 だが、共通しているのは、それがいずれも虫と酷似した特徴ということだ。
ヴィンセント・ヴォラキア
――此奴らは『虫籠族』。己の内に、おぞましき虫を飼い慣らした種族よ。有様は醜悪だが、惰弱ではないぞ。たとえ、『魔帝』や『剣聖』相手であろうとな。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
心得ました。
 吶喊してくる敵を見て、ヴィンセントが口にした警告にラインハルトが応じる。
 虫籠族とは、多様な亜人族の入り乱れるヴォラキア帝国にのみ存在する少数種族――幼少の頃から、虫籠族は特殊な力を持つ『虫』を体内に入れ、その虫と生涯を共にする。生命の源であるオドをその虫と分かち合い、半ば魂ごと合一することで肉体を共有、虫の力を引き出すことができるようになるという。
 その特性が、彼らの一種多様な外見に如実に反映される。取り込んだ虫の力を解放する瞬間、彼らはその肉体の大部分に虫の特徴を現出させるのだ。
?????
――――
 虫の狩りは機械的で、感情に振り回される熱がない。それが人間大の狩猟に活かされるとなれば、合理的で残酷な脅威が相対した敵を容赦なく殺戮する。
 翅で宙を舞い、口から伸びる管で毒液を打ち込み、変質した腕を強靭な鎌として獲物を引き裂き、鋼板すら貫く角で敵を穿ち、硬化した肉体の突進が相手をひき潰す。
 虫籠族特有の、人体構造に囚われない攻撃が次々とこちらへ襲いかかってくる――
ラインハルト・ヴァン・アストレア
なるほど。初めて見る攻撃ばかりだ。
クラリル・フェル・ラルダイト
魔法に使えそうだね。作ってみようかな?
 ――その全てが蹴散らされるのだから、彼らにとっては悪夢という他あるまい。

 翅による接近を足捌きと転移で躱し、迫る毒液の管を手刀で落とす。風を切る大鎌を、穿つ大角をそれぞれ押さえ、建物を倒壊させかねない鋼鉄の吶喊をやはり転移で避けきって――いずれの初見殺しでも、ラインハルトとクラリルを汚せない。
?????
馬鹿な······
 その信じ難い事実を前に、肩から生えた角の一撃を受け止められた男が呻く。彼は凝然と目を見張り、ラインハルトとクラリルを睨みながら声を震わせた。
?????
我らの秘技をこうも容易く······どうやって!?
ラインハルト・ヴァン・アストレア
すまない。――直感なんだ。
クラリル・フェル・ラルダイト
それは教える気ない答えだよね。
 男の次なる驚愕と、クラリルの呆れ声が同時に起こる。実際、彼の直感という表現、それは『初見の加護』の説明としては微妙に言葉足らずだ。
 ラインハルトの持つ『初見の加護』は、初めて見る攻撃に対して、それを防ぐための直感が働く、といったものらしい。早い話、攻撃の予兆を感じ取る力だ。故に、感じても反応できなければ無意味な加護だが、ラインハルトの場合は身体能力で追い付けないことを心配する必要がない。
 そんなラインハルトが掴んだ両者を引き寄せ、大鎌と大角の男が激しい音を立てて激突する。
 その間、毒の触手を持つ刺客がラインハルトの背中を狙うが、
クラリル・フェル・ラルダイト
――完成した。
 クラリルの指先から尋常ならざる速度で液体が発射され、それを腹に食らった刺客が貫かれない程度に微妙に手加減された一撃の下に倒れる。
 クラリルが行使した今の魔法は、ユリウスにも見覚えがない。おそらく、虫籠族の毒液の男の攻撃を魔法にしたものだろう。直前の「完成した」という発言から、その気になればすでに毒も撃ち込めるものと思われる。

 一方のラインハルトはクラリルが新たに開発した魔法の試運転をしている間に、新たに五人の虫籠族と相対し、その全員を昏倒させていた。
 『初見の加護』で虫籠族独特の術にも対応するラインハルト。それにさらに付け加えて――
ラインハルト・ヴァン・アストレア
『再見の加護』――
 振るわれる大鎌が、再度の角の一撃が、死角からの攻撃さえも易々と避けられる。
 それは、一度見た攻撃への反応速度が格段に向上する『再見の加護』の効果だ。初見の攻撃も、初見と同じ攻撃も、等しくラインハルトを傷付けられない。それは当然《自己防衛機能デ・リマシナス》に守られているクラリルも同じこと。

 クラリルとラインハルトとの決闘では、毎回激しい攻撃の応酬に反して二人が当たっている回数は数えられるほどしかない。
 ラインハルトは《自己防衛機能デ・リマシナス》の、クラリルは『初見の加護』と『再見の加護』をはじめとした回避系の加護の穴を突かなくてはならないためだ。
 双方、心の内まで通じ合っているにも拘らず楽に傷すら付けられない相手。――それを今顔を知ったばかりの虫籠族が、どうやって対抗しろというのか。
ヴィンセント・ヴォラキア
······たまったものではないな。
 その光景を見やり、低く呟くヴィンセントの言葉が状況を端的に表している。
 生中な剣よりも強靭で切れ味の鋭いラインハルトの手刀が、飛びかかってくる虫籠族を次々と斬って捨てていく。じりじりと機を待つばかりのものたちは、何もできないまま遠方から先制してくる魔法に焼かれていく。あるいはその光景は、人間が羽虫を叩くような、戦いというよりも作業に近いものだった。
 とはいえ、敵の数も数だ。多勢に無勢は否めない。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
クラリル!
クラリル・フェル・ラルダイト
ここは任せたよ。
 攻撃の嵐に対応しながら、ラインハルトがクラリルへ向けて叫んだ。そうしてクラリルがこちらを見たことで、二人でこの場はラインハルトが殿になるという作戦を練り上げたのは十分に伝わってくる。
 勝利条件は敵の壊滅ではない。となれば、ユリウスたちの目標は初志貫徹だ。
ユリウス・ユークリウス
陛下、こちらへ!
ヴィンセント・ヴォラキア
また余を走らせるか。何とも恐れを知らぬことよな。
フェリス
文句言わないでください! フェリちゃんも走るんですから!
 不平を漏らすヴィンセントを連れて、水晶宮へ戻るための逃走劇が始まる。
 暴風が羽虫を散らすように、虫籠族の大部分はラインハルトに阻まれてこちらを追えない。一部、翅によって上空から襲いくるものもいるが、
ユリウス・ユークリウス
イア! アロ!
 剣を振るったユリウスの声に、赤と緑の準精霊が呼応し、炎を巻いた風が吹き上がる。その灼熱の風に翅を焼かれ、虫籠族は悲鳴を上げながら地へと落ちた。
?????
ぐ、ぐ······っ
 地へと落とされ、翅を燃やされた虫籠族がなおもこちらへ手を伸ばす姿が見える。それらもまた、ユリウスたちを追いかけてきたクラリルの一撃に意識を刈り取られていた。
クラリル・フェル・ラルダイト
ユリウス!
ユリウス・ユークリウス
ああ、このまま水晶宮へ――
 山裾から林道へ入り、遠目に見える水晶宮へと皇帝を連れて登城する。城壁を風で乗り越えれば、帝国兵の目を盗むことも難しくはない。あとは――
 そう思った矢先だ。



?????
――あー! いたいたいましたいるじゃないですか! 王国騎士の皆々様!



 届いた声に、ユリウスたち四人は反射的に足を止めていた。
 ユリウスとフェリスは、その声に聞き覚えがある。あるからこそ、間の悪さと不覚を取った点に歯噛みした。クラリルは凝然と目を見張り、ヴィンセントは冷たい切れ長な瞳で声のした方向を見る。
 木々の隙間から飛び出して、忙しない一人の若者がやってきた。

 奇妙な風体をした青年だ。明るい青と、派手な桃色の着衣――西にある、カララギ都市国家の民族衣裳であるキモノを纏い、足下には草を編んで作られた履物のゾーリを履いている。濃い青の髪を後ろで縛り、どこか人懐っこい笑みを浮かべた青年は、その腰に刀剣――これもまたカララギ由来の武器、『刀』を二振り下げている。
 一見、それはいささか珍しい格好をしただけの若者に思える。柔らかく整い、女性と見紛うような中性的な顔立ちと、細い体もその印象を助長するだろう。
 だが、そうした上辺の印象は、青年と直接対峙すれば即座に掻き消える。――今、目の前にやってきているのは、想像の埒外の存在だと。
クラリル・フェル・ラルダイト
――。ユリウス、あれが?
ユリウス・ユークリウス
ああ。――セシルス・セグムント一将だ。
 初めて実物を目にしたクラリルの呟きを、ユリウスは肯定した。
 セシルス・セグムント――それが青年の素性であり、九神将で最も有名な人物。正真正銘の怪物、ヴォラキア最強だ。
 二人が静かに言を交わしている間にも、話題のセシルス自身はしげしげとこちらを眺めたかと思うと、「やや!」と叫ぶ。
セシルス・セグムント
居場所がわからなかったので僕の直感に従って駆け付けて、まさかまさかばったり出くわしたかと思えば、よく見たら僕と因縁深い赤い人がいらっしゃらないではないですか! 代わりにもう一人美人さんが増えてますし······
ユリウス・ユークリウス
セシルス殿、一旦我々の話を······
セシルス・セグムント
まあいいでしょう! いずれ合流するでしょうし、そちらの方々は前座として申し分ありません!
ユリウス・ユークリウス
――――
 事情を説明しようとした語り口が雷速で塗り潰され、圧倒されたユリウスは閉口してしまう。その光景を見て、背後のヴィンセントが深く大きくため息をついた。
ヴィンセント・ヴォラキア
無駄だ。あれの話の聞かなさは、度々帝国議会にも上がっているが故な。
 立場あるものとしては致命的な弱点、それがセシルスを説得しようとしたユリウスの目論見を完膚なきまでに打ち砕いた。黙り込むユリウスの代わりに、今度はフェリスが「ちょっとちょっと」とクラリルを手で差し示して、
フェリス
このクラリルは、ラインハルトとおんなじぐらい強いんだけど。フェリちゃん、さっきみたいにボロ負けしたくなかったら帰った方がいいと思うな、にゃんて。
セシルス・セグムント
敗北を恐れていれば成長なんて大瀑布の彼方ですよ。それに心配ご無用です。なんせ、今の僕には馴染みの研ぎ師に嫌な顔されながら取り戻してきた一番刀と二番刀がありますので!
 フェリスの警告を軽く流して、セシルスは腰の刀をチャキチャキ鳴らす。
 赤鞘と青鞘の二本の刀からは途轍もない鬼気が、鞘に収まっているにも拘らず漏れ出している。
 その圧迫感は、二刀の刃が尋常ならざる魔剣、聖剣の類である証明だ。
 一番刀と二番刀――先ほどユリウスが剣を合わせたときには、五番刀だけを使うセシルスに食い下がるのがやっとだった。今のセシルスとユリウスが一人で相対すれば、瞬く間に首が飛んでいるだろう。もちろん、ユリウスのだ。
クラリル・フェル・ラルダイト
――ユリウス、いって。
ユリウス・ユークリウス
――わかった。陛下、こちらに!
フェリス
クラリル、負けないでよ!
 視線をセシルスに釘付けにしたままのクラリル、短い意思の疎通はそれほど彼女に余裕がないことを表している。
 一瞬の思案があり、ユリウスはセシルスにクラリルを一人でぶつけるのが最適解だと判断した。颯爽と皇帝の下へ走り、佇むヴィンセントの腕を掴んで水晶宮へ向けて再び前進する。去り際、フェリスがクラリルの背中に応援を届け、それに彼女は小さく頷いた。
セシルス・セグムント
先ほどのように、一人だからといって油断はいたしません。赤毛の御仁と同等というその実力、見せていただきましょう!
クラリル・フェル・ラルダイト
さあ、どうでしょうか。見せるだけには留まらないかもしれませんよ?
 離れるユリウスに聞こえたのは、刀が鞘から解放された金属音。加えて、クラリルを中心にしてマナが鳴動を始める。
 そして――
セシルス・セグムント
――ヴォラキア帝国一将、九神将が『壱』、セシルス・セグムント。
クラリル・フェル・ラルダイト
――ルグニカ王国近衛騎士、『魔帝』、クラリル・フェル・ラルダイト。
セシルス・セグムント
いざ、尋常に――
クラリル・フェル・ラルダイト
――勝負!
 次の瞬間、雷光と魔法が真正面から激突する。
 剣風吹き荒れる戦場を背に、ユリウスは課せられた使命を果たすため、逸る足に力を入れたのだった。
これでなんでクラリルとラインハルトを一緒に戦わせないのかがわかったかと思います。
一方的すぎて面白くならない! 別ゲーになる!
あと前の話(『悪辣』)で文章が一部抜けたまま公開されててビビり散らかしました。すでに修正済みです。
作者が熱出したので次の日曜日の投稿はお休みするかもしれません。すみません。
季節の変わり目だから体調には気を付けよう!w

プリ小説オーディオドラマ