第2話

🤝.2
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2026/05/01 16:00 更新












放課後のチャイムは、私にとって自由の合図ではない。それは、次の「役割」が始まる始業のベルだ。




夕飯の買い物。祖母の着替え。散らかった部屋の掃除。
頭の中でチェックリストをなぞりながら、私は逃げるように校門を抜けた。















あなた
重い……




駅地下のスーパーで買い込んだ、牛乳や野菜の詰まったビニール袋が、情け容赦なく腕に食い込む。





真っ直ぐ家に帰らなきゃいけない。わかっているのに、足は駅ビルの最上階へと向かっていた。


あそこに行けば、100円玉ひとつで、私は「祖母の世話をする孫」ではなくなれる。






自動ドアが開くと、暴力的なまでの電子音と、埃っぽい暖気が私を包み込んだ。




いつもの、一番端にある格闘ゲームの筐体。
そこに、先客がいた。












(……あ。佐伯くん……?)











隣の筐体に座っているのは、間違いなく同じクラスの佐伯イッテツくんだ。


彼は大きなヘッドフォンを首にかけ、画面を食い入るように見つめている。
授業中の眠たげな瞳とは違う、鋭く、けれどどこか寂しげな熱を帯びた瞳。



私は息を潜め、ひとつ空けた隣の筐体に座った。






100円玉を投入する。コインが吸い込まれる金属音が、妙に大きく響いた気がした。
店内オンラインのロビーに入ると、すぐに『SAIKI』という名前がマッチングリストに現れる。











――やっぱり、そうだ。









ずっと誰とも顔を合わせず下を向いてひっそりとプレイしていた。店内オンラインで何度も対戦してきた、あの真っ直ぐで不器用なプレイヤーの正体。
学校では何を考えているかわからないサボり魔の彼が、画面の中ではこんなにも必死に戦っていた。


私は震える指先で、コントローラーを握った。








対戦が始まる。
画面の中の火花は、いつもよりずっと近く、熱く感じられた。



激しい攻防の末、私のキャラクターが膝をつく。





『YOU LOSE』





いつもの文字。
けれど、今日は不思議と悔しくなかった。










あなた
ふぅ………。







立ち上がろうとした時、隣から「カタン」とヘッドフォンを置く音がした。
佐伯くんが、こちらを向かずに、ポツリと呟いた。









sik
あの……、
あなた
え…?
sik
……今日は、手が。
すごく、疲れてるみたいだなと思って
あなた
私の…、手?






自分の手元を見る。
重い買い物袋を提げて歩き回ったせいで、指先が微かに震え、手のひらにはビニール袋の持ち手の跡が赤く残っていた。









sik
ボタンを叩く音が、いつもより少し……その、重そうだったから。
sik
あんまり、無理しないほうがいいですよ








丁寧で、それでいて適度な距離を保った言い方。
私は、足元に置いた重い買い物袋をギュッと握り直した。


今なら、さっき言いそびれた事を言える気がした。








あなた
……ねえ、佐伯くん








私の呼びかけに、彼の肩がびくんと跳ねる。








あなた
今日の授業、助けてくれてありがとう。
ノート見せてくれたの、すごく嬉しかった
sik
………っ









佐伯くんは、まるで雷に打たれたように固まった。
長い沈黙。彼が指先で、コントローラーのレバーを無意味にカチカチと動かす音が、狭い空間に響く。


やがて、彼は顔を真っ赤にしながら、さらに視線を伏せて呟いた。









sik
あれですよ…、あの、……
偶然、ノートが開いてただけっすよ








不器用すぎる言い訳。
けれど、彼の耳たぶが、筐体の青白い光に照らされて、燃えるように赤くなっているのが見えた。








sik
でも……。
助けになれたなら、良かったです











最後に付け足されたその言葉は、ひどく控えめで、けれど私の心の奥にじんわりと染み込んでいった。







ここは、誰にも邪魔されない、私たちのシェルターだった。

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