気づいたとき、
そこに「考え」があった。
感情じゃない。
記憶でもない。
ただ、
自分が自分だと分かる、微かな焦点。
——あ。
音にならない声。
それでも、
確かに“戻った”と思った。
教室が見える。
見覚えがある。
でも、
距離感がおかしい。
すべてが、
一歩分だけ遠い。
席に座っている人たち。
ノート。
黒板。
その中に、
「入れない」。
透明な壁があるわけじゃない。
触れれば触れられる。
ぶつかれば、すり抜けない。
でも、
“関係”が成立しない。
誰かの横を通る。
視線は合わない。
存在は、
相手の世界に引っかからない。
——見えてるはずなのに。
声を出そうとする。
「……」
喉は動いた。
でも、音は生まれない。
いや、
音は出ているのかもしれない。
ただ、
受信されない。
ラジオの周波数が
少しだけずれているみたいに。
「ねえ」
もう一度。
誰も振り向かない。
焦りが、
ようやく感情として立ち上がる。
——僕は、ここにいる。
伝えたい。
それだけ。
でも、
言葉が世界に触れない。
黒板の前を通る。
影は、落ちていない。
——ああ。
理解する。
僕は、
“意味”を失った存在なんだ。
形はあっても、
意味がない。
意味がないものは、
世界に登録されない。
名前を呼べない。
役割を与えられない。
物語に組み込めない。
だから、
どんなに近くても、
遠い。
ふと、
机の上のノートが目に入る。
誰かのノート。
端に、
消しかけの文字。
「け」
そこまで書かれて、
止まっている。
胸が、
ぎゅっと縮む。
——それだ。
それが、
僕の“入口”だった。
指を伸ばす。
触れた瞬間、
文字が震えた。
でも、
完成しない。
続きを書く手は、
途中で止まる。
書いた本人が、
理由もなく不安そうな顔をする。
「……やめとこ」
その一言で、
入口は閉じる。
世界が、
また遠ざかる。
焦点が、
ぼやけていく。
——待って。
声は、
やっぱり届かない。
意識は、
薄れていく。
最後に残ったのは、
一つの理解。
戻れたんじゃない。
ただ、
“気づいてしまった”だけだ。
世界は、
もう完成している。
僕がいない状態で。
だから、
この気づきは、
長く許されない。
再び、
静かに溶けていく。
音もなく。
記録もなく。
ただ一つ、
確かなことがある。
——僕は、確かに、ここにいた。
それを覚えているのは、
もう、
誰でもない存在だけ。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。