第7話

止まっていた時計
208
2020/11/20 09:15
 その日がやってくるのはホントあっという間だった。皇后様が3日後って言ったらホントに3日後になって、準備が慌ただしく流されるがままだった気もする。

 花蓮さんはいつも通りスパルタだし、拓美さんは服装をどうしようかと皇后様のお下がりを見繕ってお直ししてくれたりしていた。

 でも、僕は何となくこの状況が飲み込めず、勝くんがどうなっているのかも心配で集中できていないこともあった。

 その度に花蓮さんの愛の鞭は飛んでくるんだけど、僕の不安も分かっていてか優しいところもあった気がする。

 気がする。そう、全然目まぐるしすぎて覚えてないんだ。
拓美
ふみさま、大丈夫ですか?
文哉
様なんて付けなくていいんですよ、拓美さん
拓美
いえ、皇太弟妃になるお方ですから
文哉
それでも、ここでは拓美さんの方が先輩ですから
 拓美さんは僕の身支度をしながら緊張をほぐそうとしてくれていた。僕自身は緊張というか、ずっとふわふわしてた。思考がまとまらない感じ。
文哉
僕がこれで妃になって、なにか変わるんですかね?
拓美
そうですねぇ、どうなんでしょう?
秀太
変わると思うけど?
文哉
うわ、秀太!
 いきなり秀太が入ってくるもんだからビックリした。拓美さんももちろんのことながら固まっている。仕方ない、ちょっと声色を整えて…
文哉
失礼ですよ、秀太さま。ここは男性禁忌の場所なのですから
秀太
おぉ、いい感じに仕上がってんじゃん
文哉
拓美さん、拓美さーん
拓美
あ、はい。すいません。
秀太
一応今日は後宮入って良いことになってるからね?
文哉
でも、ここはダメでしょう?
拓美
はい、すみません。ふみさまのご準備が整っていないので
秀太
せっかくかわいいふみちゃん拝みに来たのになぁ
拓美
いけません、ふみさまは皇太弟様に一途なんですから
文哉
一途って…
拓美
見ていたらわかりますよ。ふみさまの皇太弟様に対するお気持ちが。
 いや、この人僕が男だって知ってるはずなんだけど…どういう解釈で僕を見てるんだ?
秀太
とりあえず、ふみちゃん。今日は頑張ってよ。
文哉
心得ております。
 秀太がニコッと笑い出ていった。男性に免疫がない拓美さんは少しぽーっとなっていた。僕も男なんですけど、って、もう忘れられてる気がする。

 拓美さんが施してくれた化粧のお陰で顔の傷も隠れ、僕の準備は整ったらしい。胸にめちゃくちゃ詰め物されてるのが違和感があるけど、女性服に慣れてしまったせいかとりあえず綺麗にしてもらったことはわかる。ふわふわの裾が自分で言うのもおかしいがかわいいと思う。
拓美
お綺麗ですよ
文哉
ありがとう
拓美
ふみさまは不思議ですね。
文哉
そうですか?
拓美
はい、不思議な方です。
 拓美さんがフフフと笑った。僕もつられて笑顔になる。優しい時間だった。
 文官だった僕は僻み、ただただ独りでいた。周りと仲良くなろうとも思わなかったし、僕がバリアを張ってたせいか誰も近寄ろうともしなかった。
 こんな仲間がいる世界が子供の頃以来な気がする。
文哉
あ、そうか
 あの時から殻にこもっていたのは僕だけじゃない。
拓美
どうされました?
文哉
なにかが変わるかもしれません
拓美
あら、なんか吹っ切られたようですね
文哉
はい、拓美さんに感謝です
拓美
あら、私にですか?感謝されるようなことはなにもしておりませんが?
 拓美さんが不思議そうに首をかしげている。皇后様が僕に花蓮さんと彼女をつけてくれた意味が何となくわかった気がした。
花蓮
準備はできましたか?
文哉
はい、大丈夫です
花蓮
最終的には皇太弟様が決めるので何があっても大丈夫かとは思いますが…あまりにもできが悪いと…
文哉
花蓮さん、大丈夫ですよ。花蓮さんは知らないかもしれないけれど、私はものすごい負けず嫌いなんです。
 秘策…とまでもいかなくても、僕には策があった。これは誰にもいってない。だけど、勝くんはきっとこれでわかってくれると思うものがあった。
 花蓮さんは信じてくれているようでうんうんと頷いてくれた。
 準備はできた。きっと、大丈夫。
文哉
よし、いこう


  ※  ※  勝成side  ※  ※
 あの日から、あの場にいた従者たちは俺を怖がって近付かなかったが、官僚と呼ばれる人がたまに来ては純姫を選べ、純姫を選ばなかったら国が滅ぶ、何て事を言ってくるようになった。
 誰が敵なのか見えてなかったが、誰がではなくってこの場が敵の巣窟ということは気付いた。この国はめっちゃ蝕まれている。
 それは俺だけじゃなく兄上も秀太も気付いてくれているようで動いているのも何となく察した。
 
 後宮の俺用の部屋で独り準備をする。もう誰も信じられなくて近付かないよう言ってあった。
勝就
なにか変わるんかなぁ?
康祐
変えるつもりだけどな
勝就
兄上…?
康祐
長いことお前には負担かけちゃったからな。今日で、今日から変えるつもりだ
勝就
ホント…時間かかりすぎなのよ
康祐
ホントに申し訳なかった。でもさ、キーがまさか文哉アイツになるとは思わなかったし。
勝就
それは確かに。
康祐
俺のわがままだけどさ、やっぱり俺たち4人は俺たち4人でいなきゃいけなかったんだと思う
 俺たち4人は俺たち4人で、か
康祐
だから今日は取り戻しにいこうな。俺たちの失った時間を。昔見た、新しい景色を。
『こーくんがみかどになったら…』
 笑い声がずっと響いて…
 みんなで未来を想像して…

 あぁ、兄上は覚えてたんだ。俺が諦めた新しい景色を。

 今日は凄く兄上が頼もしく見える。諦めていた未来も取り戻せる気がしてきた。
勝就
ほな、いこかぁ

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