第11話

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2025/01/13 08:00 更新
裏トと出会い、就活のアドバイスをするようになってから、2ヶ月が過ぎようとしていた

ボクは彼に呼び出され、駅近くの通りを1人歩いていた

裏トは先日、小さな会社の事務所の内定をもらったらしい

けれど、自分の本当にやりたい事なのか、このまま就職してよいものか

まだ決めかねているようだ

ボクは、彼の力になれている事が素直にうれしかった

初兎
(きっとこの気持ちなんだよな…)
裏トと一緒にいると、働き始めたころの自分に戻れたような気がして

それが、ボクには少し心地よかった

裏ト
初兎さん、こっちですよ
裏トがボクに手を振りながら近づいてくる

その姿は、はじめて会った時とはまるで別人で

初兎
(ずいぶんと信用されたんだな)
ボクらは、2人並んで歩きはじめる

初兎
就活は順調?
裏ト
はい、初兎さんのおかげで
初兎
ボクは何もしてないよ
裏ト
そんな事ないです
裏ト
前にもお話しましたけど
裏ト
僕、就職の事を相談できる相手が周りにいなくて
裏ト
だから、本当に助かってるんですよ?
初兎
そっか…
裏ト
はい
裏ト
……
彼が突然呼び出した理由を、ボクはなかなか聞き出せずにいた

話を聞いてしまったら、何かが大きく変わってしまう気がしたから

それが自分の知りたかった事かもしれないのに

不思議と、自ら話を切り出そうという気にはなれなかった

人混みの少ない路地に入ったところで

裏トが小さく身震いをした

裏ト
少し、寒くなってきましたね…
初兎
そうだね
彼は手に持っていたコートを羽織ると、ボクの方を向く

そしてそのまま…

ボクの胸へ飛び込んできた

初兎
…えっ
人肌の暖かさが全身を駆け巡る

裏ト
……
彼は黙ったまま、ボクの胸に顔を埋めていた

どれくらいそうしていたのだろう

しばらくの沈黙の後に

裏トがゆっくりと口を開いた

裏ト
初兎さんに、伝えなきゃいけないことがあります
裏ト
僕…
裏ト
大学2年生の冬から1年間、休学していたんです
初兎
それって…
裏ト
はい、母が亡くなってすぐに
裏ト
休学届けを出していたみたいなんですけど、身に覚えがなくて
初兎
覚えがないってどういう事?
裏ト
母が亡くなってから1年間の、自分の行動が思い出せないんです
裏ト
何を考えて
裏ト
どこで過ごしていたのか
裏ト
僕には、当時の記憶が一切無いんです
初兎
記憶喪失って事?
裏ト
はい
裏ト
原因は、母を亡くした事へのショックから…だと思います
記憶にない、空白の1年

その時間が意味するものは…

裏ト
母は僕の全てでした
裏ト
その母がいなくなってしまって、僕の心は壊れてしまったんだと思います
裏ト
食事も全然喉を通らなくなってしまって
裏ト
僕の意識は、そこで完全に途絶えてしまいました
裏ト
もう、このままじゃだめだって時に
裏ト
‪︎︎ ︎︎ ︎‪”‬誰か‪‪︎︎︎︎‪”‬が、僕に声をかけてくれた気がするんです
裏ト
大丈夫だよ…って
裏ト
‪”‬彼‪”‬は、ダメになった僕の代わりに一生懸命生きようとしてくれた
裏ト
塞ぎ込んだ僕の身体に宿った、もう一つの人格
裏ト
それが、いむくんさんだと思います
初兎
そうか…だから…
裏トはボクの住むアパートを知っていたんだ

いむくんとして過ごしてた頃の記憶がほんの僅かに残っていたんだろう

裏ト
黙っていてごめんなさい…
裏ト
でも、怖かったんです
裏ト
僕が知らない人が、僕のことを知っている事が
裏ト
その人が良い人なのか、どんな関わりを持っていたのか
裏ト
僕には分からないから…
事故や強いショックで、記憶を失ってしまう

その結果、全くの別人のようになってしまった

ドラマや漫画で聞いたことはあるけれど

まさか、彼がそうだったなんて…

裏ト
だから、その…
裏トはボクの胸に顔を埋めたまま口篭る

彼が何を言おうとしたのか、ボクには分かった

いむくんは、裏トが精神的にショックを受けた事で生まれた別人格だった

1年という、裏トの心が安定するまでの間だけ

身体を使うことを許された

いわば偽物の感情に過ぎない

裏トが元気でいるという事は

いむくんにはもう二度と会えないという事で

初兎
(もしかしたら彼は)
初兎
(いむくんは…最初から全部分かっていたのかもしれない)
だから、写真を撮りたがらなかったのではないだろうか

いむくんという存在が、この世界に残らないように

裏トに戻る時、足枷にならないように

裏ト
…初兎さん?
裏トが不安そうな表情でこちらを見つめている事に気づき、ボクはハッとする

初兎
ああ…ごめん
裏トは小さく深呼吸をすると、再び口を開いた

裏ト
僕、1人でいると不安でどうしようもなくなる時があるんです
裏ト
でも、初兎さんといると心が落ち着いて
裏ト
…とても安心するんです
裏ト
初兎さんが傍にいてくれたら
裏ト
僕、自分のやりたい事が見つけられる気がするんです
裏ト
だから…いや…そうじゃなくて
裏ト
僕は初兎さんの事が…
初兎
待って
無意識に裏トの言葉を遮った事に、ボクは自分で驚いた

初兎
キミが、ボクと一緒にいると安心するのは
初兎
もしかしたら…その…
いむくんとして、ボクと過ごした日々が

記憶の底に残っているからではないだろうか?

裏ト
僕だって…
裏ト
そんなにバカじゃないです
裏ト
そのくらい、自分でも分かってます
裏トは真っ直ぐにボクを見つめる

その瞳が、ゆらゆらと揺れる

裏ト
僕がこの街に来た事は、偶然じゃない
裏ト
いむくんさんのあなたに会いたいって気持ちが
裏ト
僕たちを巡り合わせたんだと思います
裏ト
僕…
裏ト
出会いって人それぞれだと思うんです
裏ト
学校が同じだとか、飲み会でとか
裏ト
きっかけもですよ?
裏ト
たまたま2人っきりになった時に、優しさに気づいたからとか
裏ト
不安な時に支えてくれたから…とか
裏ト
僕と初兎さんとの出会いが
裏ト
好きになったきっかけが
裏ト
いむくんさんがいたから、というのはそんなにいけない事でしょうか?
初兎
……
裏ト
…全部分かってます
裏ト
分かった上で、それでも僕は今ここにいて
裏ト
それは、いむくんさんでも他の誰でもない
裏ト
僕が、自分の意思で決めた事だから
裏ト
だから…僕は…
裏ト
僕は、あなたの事が好きです
裏ト
僕と付き合ってください

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