裏トと出会い、就活のアドバイスをするようになってから、2ヶ月が過ぎようとしていた
ボクは彼に呼び出され、駅近くの通りを1人歩いていた
裏トは先日、小さな会社の事務所の内定をもらったらしい
けれど、自分の本当にやりたい事なのか、このまま就職してよいものか
まだ決めかねているようだ
ボクは、彼の力になれている事が素直にうれしかった
裏トと一緒にいると、働き始めたころの自分に戻れたような気がして
それが、ボクには少し心地よかった
裏トがボクに手を振りながら近づいてくる
その姿は、はじめて会った時とはまるで別人で
ボクらは、2人並んで歩きはじめる
彼が突然呼び出した理由を、ボクはなかなか聞き出せずにいた
話を聞いてしまったら、何かが大きく変わってしまう気がしたから
それが自分の知りたかった事かもしれないのに
不思議と、自ら話を切り出そうという気にはなれなかった
人混みの少ない路地に入ったところで
裏トが小さく身震いをした
彼は手に持っていたコートを羽織ると、ボクの方を向く
そしてそのまま…
ボクの胸へ飛び込んできた
人肌の暖かさが全身を駆け巡る
彼は黙ったまま、ボクの胸に顔を埋めていた
どれくらいそうしていたのだろう
しばらくの沈黙の後に
裏トがゆっくりと口を開いた
記憶にない、空白の1年
その時間が意味するものは…
裏トはボクの住むアパートを知っていたんだ
いむくんとして過ごしてた頃の記憶がほんの僅かに残っていたんだろう
事故や強いショックで、記憶を失ってしまう
その結果、全くの別人のようになってしまった
ドラマや漫画で聞いたことはあるけれど
まさか、彼がそうだったなんて…
裏トはボクの胸に顔を埋めたまま口篭る
彼が何を言おうとしたのか、ボクには分かった
いむくんは、裏トが精神的にショックを受けた事で生まれた別人格だった
1年という、裏トの心が安定するまでの間だけ
身体を使うことを許された
いわば偽物の感情に過ぎない
裏トが元気でいるという事は
いむくんにはもう二度と会えないという事で
だから、写真を撮りたがらなかったのではないだろうか
いむくんという存在が、この世界に残らないように
裏トに戻る時、足枷にならないように
裏トが不安そうな表情でこちらを見つめている事に気づき、ボクはハッとする
裏トは小さく深呼吸をすると、再び口を開いた
無意識に裏トの言葉を遮った事に、ボクは自分で驚いた
いむくんとして、ボクと過ごした日々が
記憶の底に残っているからではないだろうか?
裏トは真っ直ぐにボクを見つめる
その瞳が、ゆらゆらと揺れる












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。