第5話

キラキラ王子に気をつけて
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2019/02/27 12:43 更新

文化祭の翌日。
家の傍の小川に咲いていた桜が、もうほとんど散って若葉に色づき始めている。
私は川に流れる桜の花びらを見つめながら、通学路を歩いた。

視界が、明るい。
狼谷涼
「フードを被らないことも、そんなに恥ずかしいことじゃない。
お前はフードを被んない方がいい。その方が、可愛い」
私はこの言葉を信じて、フードを被らないで登校していた。
でもクラスメイトにからかわれたら嫌だから、一応赤いパーカーは羽織っている。
湊香澄
(大丈夫かな、変なこと言われたりしないかな)
私は緊張気味に正門をくぐった。
辺りをきょろきょろと見回しながら、靴を履き替えて教室へ向かう。

ドアに差し掛かったとき、小さくため息を吐いた。
湊香澄
「やっぱり、フード被った方が……」
フードに手をかける。
手は震えていて、心臓だってばくばく鳴っている。

教室の中から、クラスメイトの喋り声が聞こえた。
湊香澄
「……うん、大丈夫」
私はフードから手を離して、教室を開ける。

すると、さっきのざわめきは嘘みたいに、しん、と静まり返った。
湊香澄
(……やっぱり、フード被らないのは変なのかな)
思わず涙ぐんで、フードに手を伸ばす。
やっぱり、私はフードを被ったままでいいんだ。
影にひっそりと佇んでいれば、いいんだ。

涙が零れ落ちそうになる、その時。

狼谷涼
「……湊」
涼くんが、私の目の前に立ってくれた。
狼谷涼
「おはよ」
涼くんは私に挨拶をして、私の返事も待たずに自分の席についてしまう。

私は自然とみんなを見回した。
よく見るとクラスメイトのみんなは、笑みを浮かべていて、中には手を振ってくれている人までいた。
女生徒A
「かわいい~!」
女生徒B
「ね! めっちゃかわいい」
男生徒A
「フード被らない方がいいよな」
クラスのみんなが小声で話し合う。

私は勇気を持って口を開いた。
湊香澄
「お、おはようございます……」
いつの間にか私は、みんなに挨拶していた。
前まで出来なかった、「おはよう」という挨拶を。
女生徒A
「ねーねー、香澄さんって、あんな勇気ある人だったんだね!」
湊香澄
「は、はぁ」
女生徒B
「だって狼王子の怪我を治してあげるだなんて……
普通出来ないよ、睨まれて怯んじゃうもん」
湊香澄
「涼くんは優しい人だよ」
女生徒Ⅽ
「フード外したらこんなに可愛いし! 
もっと早く香澄さんと話してれば良かった~!」
湊香澄
「あ、ありがとう」
昼休み、私はクラスメイトの女の子たちに囲まれて、会話していた。
前の私ならありえない、クラスメイトとのお喋り。

私は嬉しくて、いつのまにか顔が綻んでいた。
人と会話するのが、こんなに楽しいなんて。

フードを被らなくていいと言ってくれた涼くんに、本当に感謝しなくちゃ。
牙山圭
「香澄ちゃん」
湊香澄
「……?」
見上げると、キラキラ王子、圭くんが立っていた。
俳優のような整った顔立ちの圭くんの唇は、綺麗に弧を描いている。

牙山圭
「一緒にお昼ご飯食べない?」
湊香澄
「え、えっと……」
私が迷っていると、圭くんはいきなり私の腕を引いてきた。

な、なに……!?

牙山圭
「いいから、行こ?」
圭くんが私立たせる。
首を傾げ、明るい髪が睫毛にかかる。その姿がなんともかっこよかったけど、涼くんの時みたいなときめきはなかった。
例えるなら、アイドルみたいな、私には遠い存在のような……。

牙山圭
「ほら、香澄ちゃん。こっち来て」
湊香澄
「は、はい」
牙山圭
「もっとこっち」
中庭のベンチに私たちは座っている。
私が最初に圭くんと距離を置いていたら、手招きされて至近距離まで近づいてしまった。

ど、どうしてこんなに近く……。
牙山圭
「香澄ちゃんって、どうしていつもフード被ってたの?」
湊香澄
「え、えっと……その、やっぱり自分の顔を見せるのが恥ずかしくて……」
牙山圭
「えー? なんでー?」
圭くんが焼きそばパンにかぶりつく。

ふと、こないだの涼くんが頭に浮かんだ。

昼休み、猫にご飯をあげていた涼くん。

今頃も、あの校舎裏で食べてるのかなぁ……。

私がぼうっと考えていると、圭くんが私の頬を指でするっとなぞった。
鼻と鼻がくっつくくらい、近くなる。


牙山圭
「こんなに可愛いのに。もったいない」
湊香澄
「……!?!?」
牙山圭
「いたっ」
あまりにも距離が近すぎて、私は圭くんの胸板を突き飛ばしてしまった。
圭くんがみぞおちの辺りをさすり、背中を丸くする。
牙山圭
「いたぁ……」
湊香澄
「ご、ごめんなさい。大丈夫?」
圭くんがとびきりの笑顔を私に見せてくる。
え、笑顔が眩しい……。
牙山圭
「お弁当も可愛いね。これ、どこで買ったの?」
湊香澄
「これは、モーニングティーというところで……」
牙山圭
「ああ、あそこか! あそこ可愛いよね、上品だし」
湊香澄
「そう! そうなの、清楚で可愛いの、他にもハンカチとか、ここのだし……」
私が好きなブランドを知ってる人がいるのが珍しくて、思わずカバンからハンカチを取り出した。
白くて周りにレースが縁取られ、端にKと金色の文字で書かれている。

牙山圭
「可愛い! いいじゃんいいじゃん、手触りも良さそうだし」
湊香澄
「すごい拭きやすくて好きなの。水筒もここだし……」
圭くんは私の話をなんでも聞いてくれた。
モーニングティーの話や、時々趣味でお菓子作りをする話、恋愛経験は全然ない話……。

圭くんはどんな話においても頷いて、優しい言葉をかけてくれた。

それがすごく、嬉しかった。

あっと言う間に、昼休みが過ぎて行った。
湊香澄
「あの、いろいろ話聞いてくれてありがとう」
牙山圭
「いいよ、俺も楽しかったし。……そうだ、香澄ちゃん」
湊香澄
「なに?」
牙山圭
「今日の午後の授業委員会誰か決める時間じゃん、俺と一緒にどっか入らない?」
湊香澄
「え……」
どうしよう。
正直、委員会はどれも出来る自信がない。
それに、委員会なんて入ってしまったら、涼くんと話す機会が少なくなるかもしれない。

湊香澄
(え、涼くん……?)
今、私は圭くんといるのに。

圭くんとベンチに座った時といい、今といい、どうして涼くんのことばっかり……。

すると、圭くんが私の肩にぽんと手を置いた。
牙山圭
「香澄ちゃん花とか好きっぽいし、環境委員とかどう?」
湊香澄
「えっと……」
圭くんがキラキラの瞳で見つめてくる。
これは、yesと言ってくれると思っている、期待の眼差しだ。
湊香澄
「うん、じゃあ、図書委員で」
牙山圭
「やった!」
圭くんがガッツポーズをする。

……結局、断れなかった。

自分の素直になれない不甲斐なさを噛み締めながら、廊下を歩いていると……。
牙山圭
「あ、狼王子だ」
涼くんが、向こう側から歩いてきた。
湊香澄
(涼くん……!)
朝ぶりに見れた涼くんの姿に、私は嬉しくなって涼くんの元へ駆け寄る。
涼くんの目の前まで来て、顔を覗き込んだ。

湊香澄
「涼く……」
でも、涼くんは。
狼谷涼
「…………」
ちらりと私と圭くんを一瞥して返事もせずに通り過ぎてしまった。

涼くん……?

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