第4話

狼王子と怪我
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2019/02/26 12:50 更新
日が西に傾いて、オレンジ色の光が屋上に差す。
校庭を上から覗くと、若い子どもや歳を取った夫婦が正門を抜けて帰っていく。


結局私と涼くんは、文化祭が終わるまで屋上にいてしまった。

フードが風で取られてもも涼くんは何も言わないから、今も私はフードを被っていない。
視界がすっきりして、涼くんの顔立ちがよく見える。

でも、文化祭が終わるまでの間、涼くんと目が合っても一瞬で逸らされてしまった。

狼谷涼
「後片付けくらいはしてやるか」
涼くんが気怠く立ちあがり、私を置いて屋上から中へ入っていった。
私も急いでついて行く。

涼くんは階段を下るのが早くて、もう踊り場に下り終わってしまっていた。

私も早足で階段を降りる。

と、その時……。
湊香澄
「きゃっ」
急いで階段を駆け下りたから、つまずいてしまった。

身体が宙に浮き、重力で落ちていく。

どうしよう……!
これじゃ踊り場の床に激突しちゃう!

私は思わず目を瞑った。

そのまま私は落ちていく。

ふわりとした感覚が、心地良いようで恐怖を感じた。

そして、落ちていくと……。

湊香澄
「ひゃ……」
何か柔らかくて、でも少しだけ固い感触が私の身体を包んだ。
湊香澄
「なに……?」
痛くもないし、衝撃を受けた感覚もない。

何かと思って目を開くと……。

狼谷涼
「…………」
湊香澄
「りょ、涼くん!?」
涼くんが、抱きとめてくれていた。

細いのに筋肉質な腕が、私を支えてくれている。

湊香澄
「涼く……」
私が言い切る前に、涼くんは私から手を離して距離を取っていた。
狼谷涼
「じゃあ、俺教室戻るから」
涼くんは素っ気ない態度で再び階段を下り、廊下を曲がってしまった。

私は呆然と涼くんが行った方を見つめていた。







湊香澄
「涼くん、早いな……もう教室戻っちゃったのかな」
階段を降りて、廊下を見渡しても涼くんの姿はない。
涼くん、歩くの早いんだな……。

私も教室へ向かおうと、足を早めたとき。


ガシャン!!


湊香澄
「な、なに!?」
私の教室から、ガラスが割れるような音がした。
急いでドアを開けると……。
狼谷涼
「くそっ」
涼くんが、食器を落として割ってしまっていた。

涼くんの指にガラスの破片が刺さったのか、指から血が流れている。

みんな涼くんに近づかず、遠巻きに涼くんを見つめているだけだった。
湊香澄
「涼くん!」
私は急いで自分のロッカーに行き、カバンから救急箱を取り出した。
湊香澄
「涼くん、来て!」
私は涼くんの手首を引いて、教室の傍にある水道場まで連れて行く。
急いで水で傷を洗い流した。
湊香澄
「傷は浅いから、このまま絆創膏で大丈夫そうだね」
ガーゼで軽く抑えた後、絆創膏を巻く。
涼くんは呆然としたまま傷の手当を私にしてもらっていた。

いつものように悪態もつかずに、黙って絆創膏を巻かれている。

湊香澄
「涼くん……?」
涼くんははぁ、と深いため息を吐いた。
狼谷涼
「お前、俺が怖くないのか」
湊香澄
「え?」
狼谷涼
「いつも悪態ついて、睨みつけて、怖くないのか。誰も手当しようとしなかったくらいだぞ」
そっか、涼くんは私が手当するのに、怖がらないから変に思ってるんだ。

私は微笑んで、涼くんを見た。
涼くんの丸い瞳に、私の姿が映っているのが見える。

湊香澄
「涼くんの秘密、知ってるから」
涼くんは怪訝に眉をひそめた。
狼谷涼
「秘密……?」
湊香澄
「猫に優しいってこと」
狼谷涼
「……!」
涼くんが恥ずかしそうに口元に手を置く。
その仕草が可愛く思えて、私は吹き出してしまった。
狼谷涼
「そんなに笑うんじゃねえよ」
湊香澄
「あはは、だって、そんなに恥ずかしがることじゃないのに」
狼谷涼
「…………」
私が笑っていると涼くんは真剣な表情になって、私のフードを触った。

そ、そうだ。私フード被ってなかったんだった!

それなのに、私教室に普通に行ってしまって……。

私が急いでフードを被ろうとすると、涼くんがそれを止めた。
力強い手が、私の腕を掴む。


狼谷涼
「フードを被らないことも、そんなに恥ずかしいことじゃない。お前はフードを被んない方がいい」
涼くんが私の耳元に近づく。
涼くんの唇から、吐息が耳に入ってくすぐったい。

狼谷涼
「その方が、可愛い」
湊香澄
「…………っ」

涼くんはそのまま私を置いて教室へ入ってしまう。
涼くんがいなくなっても、男の子から初めて「可愛い」と言われたことがすごく恥ずかしくて、ずっとその場に固まっていた。
湊香澄
(可愛い……私が、可愛い?)
今まで自分の容姿に自信が持てなかったのに。
フードをずっと被り続けていたのに。

水道場の鏡を見ると、首から額まで赤くなっている私の姿が映った。
湊香澄
「あ、後片付け、しなきゃ……」
踵を返して教室へ入ろうとする。
『キラキラ王子』、牙山圭が私を見ているとも知らずに。

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