春の陽気というのは、どうしてこうも残酷なほどに眩しいのだろう。
四月。
新学期を迎えた音駒高校の体育館には、網戸越しに柔らかな太陽の光が差し込んでいた。
キュッ、キュッと小気味よく床を鳴らすシューズの摩擦音。
バレーボールが何層もの空気を孕んで、重く床を叩く音。
あるいは、バレーネットがボールを吸い込んで激しく揺れる音。
そして、鼓膜を震わせる少年たちの荒い呼吸と、互いを鼓舞し合う怒号に近い叫び声。
そのすべてが、今の私――白石あなたにとっての世界のすべてだった。
夜久「白石、悪い!そっちのドリンク、もう一本もらえるか?」
スクールバッグの隣に綺麗に並べておいたカゴの中から、私は冷たいドリンクボトルを持ち、コートの端へと走った。
汗をきらめかせながら駆け寄ってきたリベロの夜久衛輔先輩は、受け取ったボトルを勢いよく傾け、喉を鳴らして中身を飲み干していく。
横顔を見上げながら、私は無意識のうちに自分の胸元へ手を当てていた。
夜久「ぷはっ、生き返った! サンキュ、白石。……ん? お前、なんかちょっと顔白くねぇか? 大丈夫かよ」
白石「えっ!? あ、全然大丈夫です! お昼休みにちょっと、次の練習試合のスコアブックをまとめようと思って夢中になっちゃっただけですから」
夜久「なんだよ、相変わらず真面目だな。でも無理すんなよ? お前が倒れたら、うちの部活回らなくなるんだからな」
夜久先輩はそう言って、私の肩をポンと親しげに叩くと、再び「ほら、レシーブ一本!」と声を張り上げてコートの中央へと戻っていった。
その頼もしい背中を見送りながら、私は小さく、誰にも気づかれないように息を吐き出す。
嘘をついてしまった、と思う。
けれど、こうするしかなかった。
みんなに余計な心配をかけたくないのだ。
私は、生まれつき肺が弱い。
普段は人並みに生活できているけれど、季節の変わり目や、少し疲れが溜まった時、あるいは何の前触れもなく、急に酸素がうまく吸えなくなって激しい息苦しさに襲われる。
一度発作が起きれば、胸を引き裂くような激しい咳が止まらなくなる。
中学三年生の秋。
大好きなバレーボールに全てを捧げていた私は、病状の悪化を理由に、医師から非情な通告を受けた。
『これ以上、プレイヤーとしてバレーを続けるのは無理です。命に関わります』
ドクターストップ。
あの日の、目の前が真っ暗になるような絶望と、涙で歪んだ体育館の天井の景色は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
中学校最後の大会の直前での、無念の引退だった。
高校に入学した当初は、もう二度とバレーに関わるつもりなんてなかった。
見るだけで、胸の奥がチクチクと痛むから。
けれど、そんな私の心を強引に奪い去ったのが、音駒高校バレー部の『繋ぐバレー』だった。
どんなに強いスパイクを打ち込まれても、床にへばりつくようにしてボールを拾い上げ、繋ぎ、泥臭く勝利をもぎ取る先輩たちの姿。
それを見た瞬間、私の足は勝手に職員室へ向かい、マネージャーの入部届を出していた。
プレイヤーとしてはコートに立てなくても、この人たちのいちばん近くで、自分にできる全力を尽くして彼らを支えたい。
そう、心から思ったのだ。
黒尾「おーおー、我が部のプロマネージャー様は、今日も今日とて熱心なこって」
背後から、低くて少し調子のいい声が降ってくる。振り返ると、そこには独特な形の黒髪の寝癖を揺らした、主将の黒尾鉄朗先輩が立っていた。
タオルで首の汗を拭いながら、ニカッと悪戯っぽく笑っている。
白石「黒尾さん! からかわないでください。でも、プロマネージャーになれるまで、私は全力で頑張るって決めてますから!」
黒尾「はは、頼もしいねぇ。ま、夜久の言う通り、お前が倒れたらマジで俺たちの部活回らなくなるんだからな? なんかあったらすぐに黒尾さんに言いなさいよ」
白石「もう、子供扱いしないでください」
ぷっと頬を膨らませてみせると、黒尾先輩は「わりぃわりぃ」と笑いながら、私の頭を大きな手でぽんぽんと撫でた。
その手のひらの圧倒的な温かさと、包み込むような大きさに、私の心臓がトクンと小さな音を立てる。
この温もりを守るためなら、どんな隠し事だって突き通せる気がした。
私はただ、この場所で、みんなから信頼されるマネージャーとして笑っていたいだけなのだから。
孤爪「あなた、またクロにからかわれてるの」
体育館の隅から研磨が、気怠げな視線をこちらに向けて呟いた。
彼は私と同じ2年3組のクラスメイト。
白石「あ、研磨。黒尾さんはいつも私をモチベーションアップさせてくれるの」
孤爪「クロはただ調子いいだけだよ、あんまり真に受けない方がいい。……それより、いつもより走るテンポ遅くない? 疲れてるなら、俺と一緒にあっちでサボろうよ」
研磨はゲーム機をいじるような手つきでボトルを回しながら、じっと私の顔を見ていた。
研磨は驚くほど他人の観察眼に優れている。
だからこそ、私は彼と目を合わせる時に、いつも以上に『元気な自分』を作らなければならなかった。
白石「ううん、本当に大丈夫! ほら、研磨も次のセット始まるよ。頑張って!」
孤爪「えー……やりたくない……」
露骨に嫌そうな顔をしながらも、研磨はよろよろと立ち上がってコートへ向かう。
その背中に向かって、1年の灰羽リエーフが「研磨さん! 俺にトスバンバン上げてください!」と大声を上げて突っ込んでいき、案の定「リエーフ、うるさい、無理」と一蹴されていた。
そんな二人を、副主将の海信行先輩が「まあまあ、仲良くね」と穏やかな笑みでなだめている。
賑やかで、優しくて、愛おしい日常。
コートのあちこちから上がる声を聞きながら、私はボールを一つずつ拾い上げていく。
この暖かな毎日が、少しずつ形を変えていってしまうなんて。
私に残されたタイムリミットが、もうすぐそこまで迫っているなんて。
この時の私はまだ、これっぽっちも知る由がなかった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。