それから数日が経って、
今日はアイドル誌の撮影と取材の日。
あの光景を忘れよう、忘れようとしたけれど、
どうしようもなく、頭に張り付いていた。
今日は時間差をつけて、なにわ男子、Aぇグループ、
そして龍太くん単独の取材だった。
龍太くん単独ってことは、
もちろんヘアメイクもほぼ1対1。
いつもなら嬉しいこの時間なのに、憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
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龍「お願いしまーす」
龍太くんが現場にやってきた。
でも、まるでわたしが透明人間のように、
龍太くんの視線は全く合わない。
それどころか、視線はずっと台本に向かっている。
『龍太くん…?久しぶりやね』
龍「…おん、そやね」
一言。そこで会話が止まってしまう。
『今日は、か、髪型どうしよっか、』
龍「いつも通りでええ。もう分かっとるやろ?」
いつも通り、分かってる…
分かってるよ…分かってる。
でも、何だかこの会話も冷たく感じて、寂しい。
『じゃあ、始めるね』
龍「ん、」
無言の時間が過ぎていく。
何が喋らなきゃ…話したいこと、たくさんあったはずなのに、今口を開けば、涙がこぼれてしまいそう。
龍太くんは気付いてるかな、
気付いてないだろうな…
視線は台本に向いたまま。
セリフ覚えることが最優先だもんね。
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いつも通りセットを終えて、片付けに取り掛かる。
カチャカチャカチャ…
カシャッ、ピピピ…
2人だけの楽屋は静かで、道具を片付ける音と、隣のスタジオのカメラの音が聞こえる。
『あっ、』
ガチャン、
やってしまった。
重ねて運ぼうとしたアイシャドウのパレットが床に大きな音を立てて落ちてしまった。
龍「…なぁ、もうちょい静かにできひんの?」
イラッとしたような口調で、龍太くんが言う。
これはかなり、ストレスが溜まっている証拠。わたしが言い返したところで、喧嘩に発展するだけ…。
『ごめん…』
龍「…はぁ、」
溜息をつかれて、また視線は台本へ…。
この場に居るのに耐えられずに、急いで片付けをして、楽屋を出た。
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楽屋を出た廊下。
『あれ…、』
頬を伝う、涙。
それは止まることなく、次々に溢れ出す。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!