ーーー部活、いつまで続けるの?
親の声が教室に響く。夏が始まったあの日。部活に行きたい気持ちを抑えて袴を握りしめていた手の力が強くなるのを感じた。
ーーーよぉし!!
静けさで溢れていた道場に、大きな声が響く。矢が的に当たった時の掛け声だ。
ーーービュンっザクっ。
しまった。私の耳元を通った矢は的に当たらず、土に刺さった。集中していないとこういう事になる。
私の名前は白川澪(しらかわ みお)。地元の進学校に通ういたって普通の高校生。弓道部の副部長をしている。週六の活動、クラスメートのつけた名前はブラック会社ならぬブラック部活。そんな場所で、私は部長の隣で部活を仕切っている。
「ありがとうございました!」
いつもの部長の挨拶で、今日の部活は終わった。
同級生とたわいもない話をして着替えて駅に向かう。電車に乗って最寄り駅から家まで歩いて、スマホの時計を見ればもう七時半を回っていた。
お昼のことがあったから親と話すのは少し気まずかったのに、降りかかってくる言葉ですぐに苛立ちに変わった。
「早くお風呂に入りなさい」
「勉強はいつ始めるの?みんな部活と両立しているのよ」
残った体力で単語を詰め込んでベッドに入れば体力はゼロ。私はさっきの三者面談のことで頭がいっぱいだったが、気づいたら眠りに落ちていた。
ーーー夏休みがはじまった
午前の部活が終われば昼食をとってすぐに学校の自習室にこもる。
時々部活がしんどくて休んでしまう日もあったが、休息は大事だと心に言い聞かせて休んだ。そんな日は心が軽くて仕方なくて。
だけどその理由は、まだこの時の自分は知る由もなかった。
そんな日々が定着してきてお盆休みが見えてきた頃だった。
「白川、ちょっといいか」
弓を引いて水分補給をしに行こうとしていたところを顧問の佐山先生に引き止められた。
話は、次の大会のエントリーシートを作る役割を副部長がやってほしいとのことだった。
「でも、いつもは先生が…」
弓道の大会では三人一組のグループを組んでエントリーをする。
だけど、今までの大会では先生が、その技術の高さなどを見て組んでくれていた。
だから、大会前に先生が何かを紙に書き込んでいると、みんなの気が引き締まっていたのは事実だ。
それなのになぜ副部長がやることになったのか。
今度の大会といえば、一年生の初めての大会だ。先生が選ぶよりも、近くで指導している二年生で相談してグループを組む方がいいと思うと言われたが、多分半分以上は押し付けな気がしなくもない。
「ほら、部長は部活を回すのに大変だろ?だからこれからは副部長が、大会のことだけでなくてさまざまなスケジュールの管理もしてほしいと思っている。」
「えっでも…」
「まぁ今は畑野が休みだから、また畑野が来たら二人で協力して上手くやってくれ。先生も手伝うから。」
畑野は、男子の副部長だ。今は風邪で休んでいるが、どうやら咳がしんどいようで、休みはもう三日も続いている。
「あの、ちなみにそのエントリーシートってとかいつ提出なんですか」
「運営の人にメールを送らないといけないから、お盆休みに入る前までには完成させてくれ」
「お盆休み前日…」
私は独り言を呟きながら掲示板のカレンダーを見て、目で追いながら日数を数える。
いち、に、さん、、、みっ…か?
そう呟いても誰の声もしない。声に出していないから当たり前だ。
振り返ると、先生はいなくて、慣れない手つきで弓を引く一年生を真剣な眼差しで見ていた。
「はぁ、仕方ない、やりますか」
抵抗の余地はもうない。誰かがやらなければならないのなら、それで揉め事になるくらいなら自分がやったほうがまだマシだ。
タブレットのメモ機能を開いてやるべきことを箇条書きしていく。
まず今日の終わりの挨拶でみんなに知らせて、それから二年生で話し合い。
一度書き出してまた明日の練習で様子を見て修正、それから先生に見てもらってまた修正して…
初めての大会となると慎重にいかないといけないはずだ。なのになぜこんなにギリギリに話をするのか。
うわぁどうしよう、時間ない…
「澪先輩、あの」
まさか、独り言が漏れていたのか。後輩を目の前に顔を赤くなるのを感じた。
「指導、お願いしてもいいですか?」
どうやら独り言は聞こえていなかったようだ。
「うん、いいよ。じゃあ外いこっか。」
静けさが広がる道場では基本的に私語は禁止だ。
靴を履き替えて後輩についていく。
「結奈ちゃん、今悩んでることとかある?」
「えっと、今すごく肩が痛くて。あっこれさっき撮った動画なんですけど…」
私は無事にお盆休みを迎えた。
あの後、後輩の指導を終えて、書き出したタスクを三日間でこなした。正直面倒くさいこともあったし、畑野は結局来なかった。
「澪、何にする?」
「あっごめん。んーと、やっぱり期間限定の抹茶じゃない?」
『だよねー』
この子は私の大親友の石田澪音。澪音は受験の時の面接が同じで、入学式に澪音から話しかけてくれた。澪音といるとついふざけちゃうし、本音も出てくる。
「澪はさ、部活大変?」
想像よりも大きかったかき氷を目の前にして二人で苦笑いしながらたわいもない話をする。
「まぁそうだね。けど弓道大好きだから、辛くはないかも。」
「そっか、うちも気づいたら週七になっててさ。私部長なのに何も気づかなかったんだよね」
「そんなことある?」
澪音は初心者ながらも体操部に入り、気づいたら部長になっていた。二人とも部活忙しくて、出会って一年以上経つのに遊びにいけたのは今日で2回目だ。
「あっでも、この前の三者面談で親に部活いつまで続けるのーって言われた」
「まぁもうすぐ受験が迫ってくるしね。」
受験やだー、まだ青春満喫しきってないよね。と言いながら笑い合う。
「で?澪はどうしたいの?」
「んー。そりゃ辞めれるなら辞めたいよ」
笑いながら自分の口から出てきた言葉に自分が1番驚いた。
私、部活辞めたい、のかな?
ーーー九月。新学期が始まって文化祭があった。
うちの学校はクラスで劇を作るから、放課後は練習に時間が取られる。
部活は行けても週三日ほどに減ってしまう。
だけど、心のどこかで心が軽くなったような感じがした。
文化祭も無事終わり、また本格的に部活が始まって、ほっとする気持ちと切り替えの気持ちが入り混じっていた。
今日は家族の用事があるから、珍しく夕方のうちに帰れる。
少しの背徳感と、部活を休んでしまう罪悪感。
そんなものを感じながらいつもよりも少しだけ、ほんの少しだけ黄色ブロックの近くに立って音楽を聴いていた。
ーーーまもなく、二番線に電車が通過します
電車が近づいてくる。この景色は何百回と見てきた。私の前を通過した電車は、すごい風を起こした。
「っは、はぁ、」
いつもと同じ風。それなのに、心臓の音が早くなって、音が増していく。
怖い。
この気持ちが頭を支配した。
気づいたら後退りしていて、心臓が痛いのを必死に抑える。
この日のことはあまり覚えていない。
あのあと電車がきて、怖いけど乗らないと帰れないと自分に言い聞かせて重い足を引き摺りながら電車に乗った。
扉が閉まると、外に出られない恐怖に襲われて、慌てて音楽の音量を上げる。
音楽に集中して気持ちを落ち着かせた。
最寄り駅に着いた頃には多分それは収まっていた気がする。
初めてのことで怖くもありながら、疲れていただけだと自分にいい聞かせた。
だけど、これが自分の変化を知らせるきっかけであることに、私は気づきもしなかった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。