階段を必死に駆け上がっていく途中で、まるで、化け物のような声がその場に響いた。
いや、本当に化け物なのかもしれない。
何故なら、その声はこの世の物とは思えぬ程に、狂気的で、この施設をガタガタを揺らすほどに大きかったのだから。
…ここはこの世でなかったか。…ここにとってはこの世なのか。
流石に正気になった俺は、ヒトデさんの手を止めるために、ぐっとその華奢で細い腕を引っ張った。
視界が、上下逆さまになった。
グラリとその場に崩れ落ち、思わず口を押さえる。
気持ち悪い。一言で表せば、気持ち悪いのだ。
吐きそうで、耳鳴りが聞こえてくる。幻覚も何だか見えてきた。
何だろう、何だろう。兎? 分からない。よく、見えない。
ヒトデさんはそんな俺のことを心配して、急いで駆け寄ってきてくれた。
突然、冷静に、そして口調もマトモになったヒトデさんは、近くにかけられている受話器を手に取ると、慣れた手つきで『444』と番号を押した。
幻覚が邪魔をしてよく見えなかったが、隣の説明書きの欄に、『死体ホール緊急用連絡』という項目があり、それが『444』だったのだ。
ヒトデさんは焦った様子で、それでいて冷静に状況を説明する。
なかなか流暢な話し方で電話をきると、ヒトデさんはニコニコ顔で此方にやってくる。
何処から取り出したのか、うちわを仰ぎ、俺の方へと風邪を送ってくれる。
少し楽になった。
駆除?っていうかあれ本当に化物だったの??
総てにおいて意味が分からないが、そんなことを考える余裕は、今の俺にはない。
年が下の子に看病されて、正直恥ずかしいったらありゃしないが、今は素直に看病受けるしかできなかった。
いやでも死んだのはヒトデさんが先だから、死者としては俺が年下なのか…?
そのとき、後ろに気配を感じた。
後ろを振り向けば、そこにいたのはまさに化物。
首から上は目玉がずり落ちそうな龍で、首から下はドロドロと大量に内臓が零れ落ちそうな白馬。
それが体長5メートル程もあるのだから、今俺が感じてるのとは別の意味で、とても気持ちが悪かった。
テヘペロ☆とウインクとして、可愛らしく舌を出すヒトデさんのことを許せない程には、俺は現在焦っていた。
言い表せられない程の体調の悪さ、うるさい幻聴と可笑しな幻覚。目の前にいる化物。
これ、もしかしなくてもピンチなのでは??
化物がグパァと口を広げ、涎が滴り落ちる。
ギュッと目を瞑り、死の覚悟をした。まぁもう、死んでいるのだが。
そのとき、視界の端に、角のような物が見えた。
嬢宇乃架好歌。種族、鬼。死体ホームの係員。
二つの角が生えた紫色のショートカットに、黄色のインナーカラー。眼鏡の奥から覗く黒目に、白い上下のジャージ。どこか圧のある穏やかな笑顔と、首に巻いた黒い包帯や沢山貼られた絆創膏は、彼女の不気味さを表していた。
ヒトデさんはプンプンと怒りながら、ブーイングを架好歌さんという人…いや、鬼へ送る。
架好歌さんは俺らを一瞥すると、少し機嫌が悪そうに、はぁと溜め息を吐いた。
『友達』という単語に、心が温かくなっていくのを感じた。
友達…そうか、俺たち友達なのか。
理解した途端に、首が折れるのではないかというほど、大きく速く、縦に首を振った。
ヒトデさんの嗜好に少々引きながら、架好歌さんの方へ目をやる。
架好歌さんはクールにどこからか細い剣と銃を取り出すと、銃口をもう化物のほうへと向けていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。