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第1話

不器用でバカな人。
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2026/02/27 19:41 更新
吉原遊廓桃源郷。

女の涙も梅雨知らず、男達は夢を買う為訪れる。

鳳仙もまたその一人であった。
楼主
「鳳仙様、何方に。」

鳳仙
「…少し散歩だ。」

地下都市吉原の主、鳳仙。
夜兎の王とされ第七師団の団長を務めていた最強の男である。

日光を忌み嫌い、日光を避けてきた。

だがしかし喉奥に疼く渇きの正体は、紛れもなく日光であった。

常世の闇に包まれた空間に、朝も夜も無い。

砂を踏み締め闊歩する鳳仙は淡い提灯の光にゆっくりと視線を動かした。

珍しく街を歩く鳳仙の姿に花魁や太夫達は少し、否、大多数が怯えた。

鳳仙
「……。」

言葉を発する事はなくただ闊歩した。

その様子を上から空を拝む様に眺めていた日輪と月詠。

何をしでかすか分からない男に警戒を解く事はない月詠。そんな様子を見て日輪はふっと小さく笑いを溢した。
日輪
「月詠、アンタそんな顔してちゃ綺麗な顔が台無しだよ。せっかくの美人なんだ、ちょっとくらい笑いな。」

月詠
「…わっちは吉原の番人、死神太夫でありんす。鳳仙が…何をするか分からぬがわっちが一番警戒をしていなければ不測の事態に対応出来ぬ。」

日輪
「あの人は……今はきっと何もしないさ。ほら、こうして見るとただのおじいちゃんが散歩してるだけだろう?」

月詠
「……。」

煙管から浮かび上がる紫煙。
日輪の言った、ただのおじいちゃん、その言葉にはあまり納得は出来なかった様子の月詠。

鳳仙を眺めていると日輪のいる社へ足を踏み入れた。

月詠は警戒を更に強くした。

腰に下げた苦無に手を触れた瞬間。

日輪
「大丈夫。月詠、行きな。」

その手にそっと触れた日輪は真っ直ぐ見詰め行け、と示唆をした。
それを承諾する様に飛び立てばその場所を後にした。
軋む床の音、最上階の襖が横に滑り、戸が開く。

日輪
「……何用でしょうか。鳳仙様。」

鳳仙
「酒を、飲みに。」

ぶっきらぼうに告げられた言葉を発したと同時に日輪の傍に腰掛けた鳳仙。
座敷机に置かれた燗酒と猪口が二口。

日輪は何も言わず、燗酒を指先で摘んだ。

それを見た鳳仙は日輪の姿を見る事も無く猪口を差し出した。

燗の筒から酒が流れ込み、鳳仙の持つ猪口に注がれる。

鳳仙はゆっくりと口に運び嚥下した。

鳳仙
「……。」

日輪
「何か、卿があるお話でもされるのかと。ただお酒を飲みに来られたなんて本当に珍しい。」

鳳仙
「……日輪、お前を此処に堕としたのは儂だ。お前を女にしたのもこの儂だ。…なのに憎み口さえ溢さぬな。」

日輪
「そりゃあ……、憎みはするさ。……でも…貴方は…、ただ太陽の下、歩きたいだけなんじゃ無いのかい。」

鳳仙は酒を口に運ぶ手を止めた。
座敷机に猪口を置けば乱雑に日輪を押し倒した。

日輪
「……ッッ、」

鳳仙
「まだそんな戯けた事を言っているのか。」

日輪はただ真っ直ぐ、瞳の奥に光を差し鳳仙を見詰めた。

日輪
「違うのかい。私にはずっと変わらずそう見えてるよ。」

鳳仙
「このおいぼれに何を見ている。」

日輪
「私は他と変わらなく、アンタを見てるよ。」

鳳仙の顔は雲が少し晴れた様にはっとした。
強さに重きを置いた人生を歩んできたばかりで己として見られた事は無く。

日輪から出た言葉に変わらぬ態度、渇く心を潤す様に日輪の眼差しが鳳仙の体内を巡った。

はだけた日輪の羽織をそっと直す鳳仙。

再び側に座り込めば酒を口に運んだ。

日輪
「……。」

日輪はゆっくりと身体を起こし、崩れた着物を直した。

鳳仙
「興醒めだ。泣いて喚くなら抱いてやろうと思ったが。」

日輪
「私がそんな風になるのを所望していたのかい。そうならない事くらい、分かっていたはず。」

鳳仙
「この夜王を前にして怯えぬ女はお前くらいだ日輪。」

日輪
「夜王なんて…大層な名じゃなく、お誂え向きの名前があるはずなのにね。」

鳳仙
「……ほう。」

日輪
「ただのおじいちゃん。」

鳳仙
「………。馬鹿馬鹿しい。」

嘘でも和やかな空気では無い。
だがしかし、互いに想う蟠りは記憶の奥底に蔓延る何かを醸し出す様で。

数時間の些細な会話と酒の匂い。

鳳仙
「………少し眠る。」

足を崩し日輪の膝に頭を乗せた。
長く艶の無い白髪が床に広がる。

日輪は抵抗する事は無く膝の上の重みに視線を落とした。

日輪
「…。」

最強の所以である男が瞼を伏し、小さく寝息を説いた。

日輪は鳳仙の髪を耳に掛けた。

日輪
「………不器用な人。」

細く品やかな指先が鳳仙の分厚い顔の皮膚に触れた。

此処で殺して仕舞えば全てが終わる。
無防備な鳳仙を殺る時は今しかない。

そんな思考が揺らぐが、出来なかった。

形容し難い不器用な感情を曝け出す事は無く、鳳仙は日輪の膝の上で朝を迎えた。
日輪
「……ばかなひと、ほんとうに…ばかなひと…。…ただこうして…太陽の下、昼寝したかっただけなのよね………。」

鳳仙に取って二度目の膝の上は、晴天の下で二つの太陽が照らしていた。

頬に落ちた雫は何処か暖かく、

それこそ渇きを潤した。

遠退く意識の中で一人の少女の声が聞こえた。

「 おじいちゃん、やっと仲直り出来たんだね。 」

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