月は、残酷なほどに完璧な円を描いていた
深夜の病院の屋上
吹き荒れる夜風が、るきなの長い髪を乱し、
その背で完成された純白の翼を大きく羽ばたかせている
俺の腕に抱かれたるきなは、
うっとりと月を見上げていた
天使病が極限まで進行した彼女の体は、
もはやこの世の質量を失いかけている
俺が支えていなければ、
今すぐにでも月へと吸い込まれてしまいそうだった
俺の声は、自分でも驚くほど震えていた
右手に握られた銀の刃 "剥離の刃" が、
月光を浴びて不気味に脈打つ
これを振るえば、彼女の羽は消える
それと同時に、彼女は地上へ向かって真っ逆さまに落ちていく
脳裏に直接響く神の冷笑
俺はそれを無視し、
るきなの耳元で最後のリハーサルを繰り返すように囁いた
るきなが微笑み、そっと瞳を閉じた
俺は、その震える肩を抱きしめ、
そして
一気に刃を振り下ろした
「ザッ」
世界が裂けるような音が響いた
るきなの背から、
眩いばかりの光を放って白い羽が剥がれ落ちる
それと同時に、
彼女の体は重力を取り戻し、
屋上の端から夜の奈落へと吸い込まれていった
俺は叫びながら、彼女の後を追って飛び降りた
落下するるきな
彼女を愛しているのは俺だ
ルール通りなら、俺が彼女を地上で受け止めなければならない
だが、
死神の姿のままでは、彼女の体に触れることはできても、
その衝撃を殺すことはできない
それどころか、
神の呪縛が俺を霧散させようと、魂の芯を焼き焦がしている
"神様、見てるか"
俺は死神をやめる
あんたの作った人形は、今ここで死ぬ
落下する最中、俺は自分の胸に右手を突き立てた
そこにある、
死神の命の核 "霊魂の結晶" を、力任せに握り潰す
魂が粉々に砕ける激痛
頬のバーコードが弾け飛び、耳の十字架が砕け散る
だが、その代償として、
俺の体は一瞬だけ "人間" の肉体を取り戻した
実体化した俺の腕が、
宙を舞うるきなの細い体を、壊れるほど強く抱きしめる
落下速度が、俺の砕け散る魂の輝きに包まれて、
ゆっくりと緩んでいく
地上まであと数メートル
俺は彼女を自分の体の上に乗せ、
クッションになるように背中から地面へと激突した
鈍い衝撃
肺の中の空気がすべて弾け飛ぶ
視界が真っ赤に染まり、全身の骨が砕けるような感覚
けれど、腕の中の彼女は
"るきなは、無傷だった"
るきなが恐る恐る目を開ける
そこには、死神の装束ではなく、
血にまみれながらも確かに "人間" として存在する俺がいた
るきなの悲鳴が夜の街に響く
だが、俺の体はすでに、
足元から青い光の粒子となって崩れ始めていた
死神の核を壊した代償
俺という存在が、この宇宙から完全に消去されようとしている
俺は最後に、彼女の頬に触れた
"温かかった"
人間として、彼女に触れた最初で最後の温度
俺の姿が、完全に光の中に溶けて消えた
夜の静寂の中に、
るきなの泣き声だけが、
いつまでも、いつまでも響き渡っていた














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!