三月の終わり、
サクラの蕾が今にも弾けそうなキャンパスを歩きながら、
私はいつものように左胸のあたりを押さえていた
痛みがあるわけじゃない
ただ、そこには三年前からずっと、
風が吹き抜けるような大きな "穴" が空いている
大学一年生の冬、
私は原因不明の高熱で数週間入院した
それ以前の私は、
内気で、常に何かを諦めたような顔をして生きていたらしい。
けれど、退院した後の私は、
まるで別人みたいに明るくなったと周囲からは言われる
けれど、私自身の心は、
あの日からずっとどこか別の場所に置き去りにされたままだ
たまに夢を見る
誰かと夜の空を飛んだこと
誰かに耳元で "愛してる" と囁かれたこと
そして、雪のように降る純白の羽と、
私を抱きとめてくれた、冷たいのに温かい腕
就職先も決まり、あとは卒業を待つだけの四年生
後輩たちに強引に腕を引かれ、
私は新歓の喧騒へと連れ出された
春の陽光が眩しい
色とりどりのサークルのビラが舞い、
新入生たちの浮き足立った声が響く
私は、どこか他人事のようにその景色を眺めていた
どうせ、
私の心にあるこの "穴" を埋めてくれるものなんて、
この世には存在しない
そう思って、ため息をついたその時だった
並木道のちょうど真ん中
満開に近いサクラの樹の下で、一人の男の子が立ち止まっていた
真新しいスーツに身を包んだ、新入生
襟足に少しだけのぞく、澄んだブルー
その子がゆっくりと私の方を振り返った
視線がぶつかった
その瞬間、世界から音が消えた
「ドクン、ドクン」
私の心臓が、
眠っていた生き物みたいに激しく脈打ち始める
脳内で、パズルのピースが猛烈な勢いで組み合わさっていく
真っ暗な病室。
私に "蒼" と呼ばれた、死神の彼
私の背中から、
残酷で美しい "天使病" の羽を刈り取ってくれた、銀色の刃
そして、空中で私を抱きしめながら、
自分自身を壊して "人間" になってくれた、あの背中
涙が、溢れて止まらなくなった
視界が歪む
でも、彼のことだけははっきりと見える
三年前、私のために消えてしまった
"私だけの死神"
震える声で、その名前を呼んだ
"記憶はないはずだった"
あの日、
彼が "さよなら" の代わりに私から奪っていった記憶
でも、魂が、私の細胞の一つ一つが、彼の温度を覚えていた
一年生の彼は、
最初は少し驚いたように目を見開いたけれど
すぐに、私が知っている、
あの少し意地悪で、でも誰よりも深い慈愛を湛えた瞳を細めた
彼は、人混みをかき分けて、私のもとへ真っ直ぐに歩いてきた
三年前とは違う、
一人の "人間" としての足取りで
彼は、
泣きじゃくる私の頬に、そっと手を伸ばした
その手のひらは、あの日、
地面に激突する瞬間に私を包んでくれた温度と、
まったく同じだった
彼は優しく微笑んで、
私の震える手を、壊れ物を扱うように、
けれど力強く包み込んだ
胸の穴が、一瞬で塞がっていくのがわかった
空いた穴を埋めていたのは、
悲しみじゃなかった
今日、彼に再会するための "居場所" だったんだ
サクラの花びらが、私たちの間に降り注ぐ
"神様も、病も、もう怖くない"
かつての死神と、彼に命を救われた少女
三年の時を超えて、
私たちの本当の物語が、ここから始まるんだ。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!