冷房は26度に設定した。
ドラッグストアで買ったお高めの部屋用フレグランスを撒いて布団のシワを伸ばす。
深夜に念入りにベットメイキング。
「ふー」
頬に息を吸い込んで吐く。
これで最後にすると決めた。
俺だけの智貴といれる時間。
「...寂し」
驚くほど素直な気持ちが口から出る。
ちゃんと付き合うってことを何年もしていない俺には、智貴との夢は一生浸れそうな程魅力的だった。
欲しい言葉を、表情を、俺にくれる智貴に会えて幸せだった。
けど俺は夢に溺れて生きれるほどは自堕落じゃない。
ここで、決別だ。
ーー俺は明日、智貴に告白をする。
今日は決戦前夜だ。
告白したらこの不思議な夢が終わるというのは仮説でしかないが確信に近いものはある。
...遠生に言われて、決心がついた。
これは俺の夢だから、俺の心の奥底にある期待を粉々に砕いてやらないと。
しばらくは顔を見合わすのが気まずくなるだろうな...
だからせめて今日は思いっきり智貴とイチャイチャする夢を見るのである。
整頓したベッドに埋まる。
疲れた身体にさらついたシーツの感触が染みる。心地よい。
「おやすみー」
返事はもちろん返ってこないが自分に言い聞かせるように挨拶した。
☆☆
静かにキーボードを叩く音がしていた。
俺はiPhoneを弄りながら智貴の隣に座っている。
いつもと違ってこれが夢だということが明確にわかっていた。
不思議な感覚だ。
数年後の設定だからだろうか今より少しだけ智貴は老けていて、小さな目尻のシワなんかをぼーっと見つめる。
やっぱり俺、コイツの顔好きだな...
「ようへいくん、そんな見ないでよ照れるでしょ」
「え、あ、いや別に」
ごにょごにょ言い訳する俺を、智貴は優しく見つめる。
悔しいかっこいい好き...
右手でマウスを操作していて左手が無造作に床に置いてある。
俺の為に空けてある気がして照れながら指を絡ませてみる。
「あら大胆」
「っ!」
真っ赤になる俺の額に軽くキスをして、また自然にパソコンに目線を戻す。
手は繋いだまま。
「...あのさ、この後行きたいところあるんだけど」
俺はお出かけのお誘いをする。
「どこ行く?」
「ディズニー行きたい」
「いきなり?遠いよ?」
「遠いけど...今日行きたい」
「じゃあ行きましょうかぁ」
智貴と一回でいいから二人でディズニー、行ってみたかったんだ。
☆☆
「へへっ、照れるんだけどさ...智貴とこういうのつけたい...嫌?」
ミッキーとミニーの付け耳ってベタすぎる?古いか?
照れながら尋ねると智貴がミニーの方を取ったから俺はミッキーの耳をつける。
「あはは、バカップルって感じですね」
恥ずかしそうに智貴が笑う。
「ハハッ」
自分から提案したくせに呆れた笑いが出てくる。
ちゃんとした恋愛の記憶が5、6年前で止まってるから古いお決まりをなぞってみる自分が恥ずかしい。
「まぁせっかくなんで写真撮りましょ」
「撮ろ撮ろ!」
......おっさんがはしゃいだっていいのよ。夢の中の夢の国なんだから。
☆☆
智貴はデートだから、と終始俺に合わせてくれた。
乗りたいものも全部俺の要望を通して隣で微笑んでて......理想の彼氏って感じだ。
悪いとこだっていっぱい知ってるのにな。
夢の中の智貴はとにかく優しくて、俺のしたいことに合わせてくれる。
わざとらしくはしゃぐ俺を、ハメを外しすぎないように見張ってるような節もあって、これじゃどっちが歳上かわからない。
...彼女にはこんな感じなのかもな。
「パレード見ます?」
「そりゃ見るでしょ!」
「じゃあ行きますか」
自然に智貴が俺の手を握る。
「...ようへいくん意外と周り見えてないことあるから、はぐれないように繋いどくね」
「そお?んまぁよろしく...」
智貴って凄く周りを見てるから物理的な危険にすぐ気付く。俺がフラフラしてるのを見抜かれてる。
夢の中なのに周りの視線が気になって顔が熱くなってしまう。
手を繋いだまま、華やかなパレードを見つめる。
まるで俺達が祝福されている気がして自虐的に笑う。
「はーこれが夢だなんて嫌だな...」
「夢?」
「うん...」
智貴は遠慮がちに空いてるもう片方の手でふわっと俺の頭を撫でて
「...これが夢なら、ずっと夢の中にいましょ」
優しく声で誘う。
「そうしたいな...」
智貴の視線も優しさもこのままずっと全部ひとりじめしたい。
だけど。
☆☆
「...もう朝か」
早すぎる朝だった。
夢にうつつをぬかすのは最後だと決意したけれど俺に優しく笑いかけてくれる夢の中の智貴を思うと、俺の渇き切ったはずの瞳が潤む。
「...もっとゆっくり話したかったな」
カーテンを少し開けて、朝日を眺める。
眩しくて手を翳すと飛行機雲が遠くに見えた。
手始めに、智貴にLINEを送る。
迷って揺れる指先で「今日の夜時間つくれる?」と書いて思い切って送信。
お願いしますとかかれた無料スタンプも添えて。
今日やると決めたからには結局話せなかったは避けたい。
夜にちゃんと話ができるのが一番望ましいがそれが難しければ朝でも昼でもどっかで時間をとってもらおう。
『大丈夫ですよ』
俺の杞憂をよそにすぐに返信がきた。
「っはー...わりぃな智貴...」
智貴は仕事関係の用事だと思ってるだろう。
そもそも俺達にそれ意外の関係はないんだ。
気味悪くて一緒に仕事したくないと言われてしまったらどうしようか。
大層な事件だぞ。男が男に好意を持つなんて。
あんなに堂々と言ってきた透生が未確認生物なんだ。最近の若者はどうにかしとる。
しかし意外と透生の告白に嫌な気はしなかったけども。
自分の智貴への気持ちと重なって、透生の気持ちを無下にはできないと思ったからだろうか。
...さて、今日は長い一日になるぞ。
☆☆
「ようへいくぅん!♪」
「はいはい」
HAPに着くや否や長身が軽やかに俺の元に走ってくる。
「これ使ってください」
「ほぁっ?企画か?」
朝イチで化粧道具を渡される。意味がわからん。
しかしコイツ昨日あんなことがあったのに全く悪びれないし自然だ。凄いな。ここまでくると尊敬する。
「コンシーラですよ!やってあげるから首元見せて!」
「あ」
...昨日やられたキスマーク!
智貴に告白することで頭がいっぱいだった俺は何も考えずに首元があいたTシャツを着てきてしまった。アホすぎんか?
「流石にやりすぎたんで、もしキスマーク見えてたらと思って準備してきたけどようへいくんったらこんなに見せびらかして〜!俺は動画で公表してもいいよ!」
「いや、ダメだろ、客層が違うって」
「そーいうチャンネルになったらそれはそれで面白いかも♪登録者増えるんじゃないですか??」
「いやいやバカお前...はじめしゃちょーのサブチャンネルだぞ?俺らのそーいうの発覚してホモ騒ぎされてしまうのはあの人だからな?」
「真面目なとこ好きだよようへいくぅ〜ん♪」
「バッ!!声でかい!2階は?!」
「まだ誰も来てないよ♪」
よ、よかった...
「女友達に聞いてキスマ隠しにはこれ!ってやつ買ってきたからつけますね」
「...お願いする」
透生は急に真剣な目をして俺の首元に肌色の液体をぬってスポンジで叩く。
くすぐったい。
昨日無理矢理襲われると覚悟した時の感覚が戻ってきて、むず痒くて顔をしかめる。
「うーん...アハハっ!」
塗り終わると腕を組んで唸り、笑う透生...不穏だ。
「え、無理だった??」
「確かに隠れるけど見えちゃう。仕方ないです、俺の服着てください、俺は下にシャツ着てるんで」
「う、う...ん。それしかないよな」
服を取りに帰るには理由の説明が面倒だし。
俺は透生の着ていたチェックのシャツを借りてしっかり上までボタンを止める。
ダボダボで萌え袖みたいになってるのが透生との体格差を思い知らされて悔しい。
「かわいいです!彼シャツ!」
「誰が彼だよ...ったく」
悪態づいてはいるが笑いながら言える程度に実は別に気にしてない自分がいる。
なんでだろうな。
☆☆
案の定、透生のシャツを着こなしている俺に「なんで?」とまたぞうが一応聞いといてやるかって感じに、興味なさそうに尋ねてくる。
「なんか着せられた」と言うと「ああ〜」と納得していた。
透生ならなんの意味もなく俺に服を着せても全く違和感ないもんな。
「あれ、ようへいくんそれ透生の服じゃない?」
...きた。
智貴が出勤してきて、バッグを床に置く。
「トゥイの奴が勝手に着せたんだと」
またぞうがさらっとこたえる。
「なんで素直に着せられてんの」
へんなの、と笑う智貴。
ちらっと覗く尖った歯。
ドキッなのかズキッなのかわからないが
鋭い痛みが胸に走る。
「ね、ようへいくん。今日の用事って?」
しまった。みんなには内緒だと釘を刺すのを忘れていた。
「なんかあるの?」
とまたぞうも俺の方を向く。
「い、いや!まだ智貴だけにしかいえないことなんだ」
まだってなんだろう。
必死な俺が面白いのかまたぞうは深掘りしてくる。
「はじめさんの指示?」
「いやっ、違う」
「なんだよ」
智貴も不思議そうな顔をしているが、
「わかりましたぁ。なにか大事なことなんだね」
と話を終わらせてくれた。
「じゃ、撮影しよっか」
☆☆
朝に立て続けに動画を二本撮って、俺は透生と編集部屋に籠る。
「ちょっと疲れちゃいました♪ぎゅってしていい??」
「やめろ」
「はーい」
ストレートなアプローチに苦笑いしながら
透生の編集を確認する。
ふざけた奴だが文章力もあるし、抑えるとこは抑えてる。ストレートで癖がない。
どうしてもマニアックな雰囲気が出る俺の編集とは違ってコイツはさっぱりしてる。なんか若い感性を感じるな...とおっさんくさいことを考えてしまう。
「どうですか?」
「雑なとこあるけど...いい感じじゃね?」
「よかった!」
遠生は手を挙げて喜ぶ。
「あれ、今日やることもうほとんど終わりました?」
「やっときたかったことはとりあえず全部」
「じゃあ予行練習しましょっか!」
「えっ」
予行練習?
大体動画はおおまかな流れだけ決めてぶっつけ本番だが?
「告白ですよ!トマトクンへの!」
「は...?」
「トマトクンが気にしてましたよ〜?
『今日ようへいくんに夜呼ばれてるけど透生は何の話かわかる?』って聞かれました。
今日告白するつもりなんでしょ?」
「...智貴アイツ...」
いや智貴は悪くない。周りには言うなと釘を刺さなかった俺が全部悪い。
昨日の今日なので遠生には俺の用事がなんなのかの検討がすぐについたんだ。
俺が智貴に告白をしようとしてるのがモロバレになってしまった。
「ようへいさんって頭いいのに隠し事苦手ですよね〜」
「下手かもな...はぁ...」
「どうするんですか??なんて言って告白するんですか??俺に言ってみてください♪」
「えっ!?
えっと......ず...えから...き、です...つ......?」
「!?え!?なんて言いました??」
「だから!......き、....つ...あ...」
「声小さすぎますよぉようへいくんっ!」
遠生は手を叩いて笑う。
「いやぁ♪練習しといて正解でしょ!」
「はぁ」
情けなくて恥ずかしくて両手で顔を覆う。
耳まで熱い。
『ずっと前から好きです。付き合ってください!』と言ってるつもりなんだが実際口にすると声量が出せない。
「ほら、もう一回言ってみて下さい。俺はトマトクンじゃないからそんなに緊張しなくてもいいよ」
透生は俺を優しく宥める。
緊張というか、素直に口が動かん。
「う...す、好きなんだけど、つ、付き合わん、か...ふヘヘヘッ...いや、これ無理だわ!」
「笑わなかったらいけてましたよ〜!おしい!!」
「っ、も〜何させてんのよマジで!大丈夫だから!なんとか言うから!」
「逃げようとしないで、もっとほら、顔を見て」
「いいって!」
透生は逃げようとした俺の手首を掴んで耳元で囁く。
「......好きです、ようへいくん」
「ひっ!!」
びびって腰が砕けてしまって逃げきれなかった。
透生は俺の腰を引き寄せて、後ろから抱きしめる。
「ね、これぐらいはっきり言わないと♪」
「...っ...」
「好きになるのに後ろめたさなんて必要ないですよ!」
「そうかもしれんけども...」
「もしもトマトクンがひどいこと言ったら俺が乗り込んで怒ります。『俺の好きな人に酷いこと言うなー!』って」
「...あいつは、多分ひどい事は言わんだろ。
ただ、俺に気を使って溜め込みそうだから不安だ...」
こんなこと透生の奴に言うつもりなんてなかったのに。
「溜め込ませたらいいじゃないですか!なんとかなりますよ!多分」
「あはは...前向きすぎんだろ」
俺はやっと透生の腕を振り解いて、抱きしめ攻撃から解放される。
「...ありがと、大丈夫。頑張ってくる」












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。