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第3話

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2023/05/24 07:31 更新
「なんか今日顔暗いね。どうした?」

 更衣室で着替えている最中の俺に、隣から馴染みのある声がかかる。

 俺は体の前のボタンを留めながら適当な笑みを浮かべてその人に答えた。

「あー、まあちょっと、妹にバレたんすよね。あれが」

「まじ?てかあれってあれだろ、今俺らしかいないから言うけど――このバイトのことだろ?」

 大宮おおみや先輩の言葉に苦笑して肯定を示す。

 俺は高校二年の十七歳で、学校はバイト禁止だ。さらにはこのバイト先も高校生は雇わない方針をとっている。

 しかし俺は高校生には見えないような外見と体格をしているので、去年同じ委員会の先輩だった大宮先輩に頼み、大学生として紹介してもらった。そして面接で、ひとり親家庭でかなり可哀想な境遇にあることを店長にアピールし、採用、加えて高頻度のシフトも勝ち取った。

 もちろん可哀想エピソードの内容は全て嘘だ。これを話すことで誤魔化してなんだかんだ住民票を出さないまま働けている。

「さすがにいつかはバレると思ってたけど、早かったな。半年ぐらいだろ?」

「そうですね。ほんと、卒業まで気付かなけりゃよかったのに。なんであのタイミングで来んだよバカ」

「はは、勘の鋭いところが似てんじゃね。お前もそういうとこあるし」

「はあ……」

 鈍くて能天気な妹だったらと思わずにはいられないが、こうなってしまえば仕方ない。とことん嫌われてあちらから干渉を避けるようになるのを目指そう。

(俺がバイトして家に金入れてるって知ったら絶対自分もバイトするとか言い出して面倒くさくなる。母さんが倒れてからあいつもちょっと変わったし……。はぁ、まじでただの能天気バカだったらなぁ)

「てか、俺がいなかったらお前バレるどころかバイトすらできてなかったんだからまじで感謝しろよ。個人経営で店長がお人好しなおかげで誤魔化せて働けてるんだからな」

 大宮先輩がドヤ顔で恩着せがましく言ってくる。少しイラッとしたので、攻勢に出ることにした。

「そうですね。感謝します」

 俺はスマホを操作して、“ある写真”を表示させて大宮先輩に画面を見せた。

「だろ?だから」

「この時の大宮先輩に」

 大宮先輩がこちらを見る。スマホ画面に視線が向き――ぎょっとした。

「ちょっ、消せ!!」

 伸ばされた手を躱し、恨めしそうな目でこちらを睨む大宮先輩ににっこりと笑いかける。

「もしまたお願いしたいことがあったら、その時にお返しとして消してあげますね」

「お前……そういう写真は全部消せっつったろ!バイトやんの協力するからって!」

「はい、ですから女性関連の写真は全部消しましたよ。でもこれはそれとは関係ないですから」

「……っくそ、卑怯だぞお前!」

「先輩こそさっき、感謝するなら他の写真も消せって言いかけてましたよね。俺がまだ持ってると踏んで」

「…………」

 図星らしい。押し黙った大宮先輩に向けて俺は笑みを深めた。

「去年の先輩が荒れてて助かりました。これからもよろしくお願いしますね、先輩」

「……悪い奴!」

「俺が悪いんじゃなくて、利用されるような“悪いこと”をしてた先輩が悪いんですよ」

(この写真だって、先輩が校外の治安悪いところで煙草吸ってなければよかったわけだし)

 ね、と言わんばかりに笑ってみせると、大宮先輩は観念したように深い息を吐いた。

「まじで怖えわお前」



ーーーーー



 その日、日付が変わる頃に帰宅しても、朱莉は姿を見せなかった。リビングも真っ暗だ。もう二階に上がっているのだろう。

 今朝給料を見られたのは予想外だったが、ようやく望む通りの形になって、肩の力が抜ける感じがした。

 本当のところまではバレなさそうで、よかったと思う。

 ……思うのに、なんだか心に少し、空白があるような。

(疲れてんな……結構客来て忙しかったし)

 ため息を吐きながらリビングの電気をつける。いつものようにダイニングテーブルへ向かい、千円札を取ってメモは潰して丸める。

 小さくなったそれを捨てようとして、ふと外側に文字があることに気付いた。「裏面」にも何か書いてあったのだ。

 破れないように気をつけながらメモを開く。先程見たのとは違う文字がそこには並んでいた。

『お疲れ様。お母さんのせいでごめんね。ありがとう』

 ――俺がバイトをすると決めたのは一年前、母さんが過労で倒れてからだ。

 母さんは働きすぎている。いつか倒れるんじゃないかと思わなかったわけではないが、どこか心配が欠けていたのも事実だった。

 実際に母さんが倒れてしまって初めて、母さんも人間なのだと思った。“母親”という、自分たち子どもとは違う強くて大きな存在なのではないと実感した。

 どんな手を使ってでも働きたいと思った。誰を騙しても、証拠をネタに脅しても、俺自身がどう思われようと、そうしなければ俺はどこまでも無力だった。

 母さんは俺の行動を否定しなかった。そうさせたのは自分のせいだと、いつも言う。

 昨日、リビングで寝落ちた俺を見て、どういう気持ちでブランケットをかけてくれたのだろうか。

「……は」

 独りでに笑いが零れた。

 お疲れ様とか、「ありがとう」なんて一番似合わない言葉だ。

 結局、俺のやっていることは“悪いこと”なのだから。

(大学生って偽って働いてんのまでは多分母さん知らねえもんな。これ、やっぱ犯罪になんのかな。……まあいいや)

 どちらにせよこの道しかないなら、突き進むまでだ。

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