手慣れた手つきでハンバーグ作りを始める
小さい頃は泣いて切れなかった玉ねぎが、今は簡単に切れる
小さい頃はお母さんと一緒に作った
お母さんは優しかった
私が怪我をしたらすぐに駆けつけてくれて
私を叱る時も、“今の”お父さんとは違って暴力は振るわなかった
そんなお母さんは、私が小学1年生のころに病気で亡くなった
そこからだろうか
お父さんがおかしくなったのは
毎日お酒に頼りっぱなし、仕事でイラついたことは全て私に当たって
気がついたら、私にちょっとしたミスで殴られるようになった
学校でいじめられていることを話したら
“お前がヘラヘラしているからだろ、原因はお前にある”と
私に目も向けてくれなかった
私が悪いんだ、と何度も死のうとしたことがあるが、成功したことは一度もない
だからこうしてハンバーグを作っているのだけど
私の右手には包丁がある
今は玉ねぎを切っているが、方向を変えるだけで私も切れてしまう
切ってもいいが、ここはこえくんの家。
流石に人の家は汚してはならない
次第に私の目には涙が浮かぶ
これは玉ねぎのせいだと必死に涙を拭くが、心の中の雨は降り続ける一方で
だが、この涙がどこからきたのか分からない
死にたくないのか、死にたいのか
お母さんに会いたいのか、あの痛みを思い出したのか
気がついたら、私の持っていた包丁は私のお腹を向いていた
こえくんなら、汚しても許してくれるかもしれない
そう思いながら、包丁をお腹に近づけたら
名前を呼ばれたと思ったら手の包丁を無理やり離された
そう訴えると、こえさんが
今までで一番強く、私を抱きしめた
そう言って私から離れる
彼はそう言って、泣きながら自分を指差す
こえくんに抱きつく
そして、ひたすら泣いた
こえくんは私を抱き返してくれて
今まで、誰かの胸の中で泣いたことがなかった私は
こんなに、暖かいんだ
そう思った
そういうとこえくんは立ち上がる
引き止めてしまった
なぜ引き止めたのか、自分にも分からない
でも、行ってほしくない
そう思ってしまった
そう言うと、こえくんは行ってしまった
数十分後
ハンバーグとは別に、黒い何かが出てきた
違う何かかと思っていたら、まさかのハンバーグだった
彼はそっぽを向きながら言う
笑いながら聞くと、そう答えた
そうニコッと笑うと、こえくんの顔が赤くなった
その日は、こえくんの作ったハンバーグを食べた
見た目どうり苦かった
だが、何か、優しい味
ハンバーグを食べた私はお風呂を借り、ぐっすり眠った
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。