・タブキリ
タブーは大切な友達だ。そして仲間でもある。
「今日ハック来れねえってよ」
レポート作業に終われ、睡眠時間が確保出来ず提出した瞬間泥のように眠ってしまったらしい。サブローがどこから入手したのやら、キリンにそう送ってきた。
「そうか」
特段気にした様子のないタブーの手首を掴む。
「なんだよ?」
「遊びに行こうぜ」
まだあの名称で呼べない自分のヘタレさに嫌気がさす。
「どこ行くんだ?」
「とりあえず超将だろ。腹減ってるよな?」
頷くタブーと並んで歩く。手とか繋げたらなぁと思いつつ、少し動かせば触れられる距離にある手をそっと背中に隠した。
ご飯を食べ終え、どこに行こうかと話し合う。
「どこ行きたい?」
「映画見てえな。新作やってんだよ」
「俺とお前絶望的に趣味合わないじゃねえかよ」
「でも何だかんだ付き合ってくれんだろ?」
余裕そうな表情でそう言われてぐっと言葉に詰まる。落ち着け、深呼吸。
「今日は俺の行きたいとこにしてくれ」
「まあたまにはそれでもいいな」
やはり余裕そうなタブーの態度にムッとして、ぎゅうとタブーの足を踏んだ。
「どこ行きたいんだ?」
「あ"~…」
いざそう言われるとなかなか見つからないものだ。唸っていると、タブーが「そう言えばよぉ」と切り出した。
「今どっかのでっけえ公園で花咲いてるらしいぞ」
「あぁ、そういえば……」
花フェスと言ったか。毎年このくらいの季節に色とりどりの花が公園を彩っている。
「行かねえか?」
「……おう」
俺が提案したかったのに。そう思ったが、もう既に決定したかのように楽しそうな目をするタブーを見て何も言えなくなった。
まあいいか、と思うキリンは随分タブーに心酔しているようだ。
電車を乗り継ぎ、30分後。目的の公園に着いた。
「花ねえじゃねえかよ」
「ここじゃねえだろ」
入口から咲いていると思っていたタブーが口を尖らせ、キリンがツッコむ。「そうなのか?」と花フェスがやっていることしか知らなかったタブーが言う。
「もうちょい奥だろ。こんな手前に植えるバカはいねえって」
くだらないが少し優位に立てた気がして意地悪を言った。
「はあ、キリンは物知りだな」
小馬鹿にしたように言われて「舐めんな!」と返した。
「いや本当に思ってるぜ」
「どうだかな」
楽しい半面、全く意識されていないのだとガッカリした。キリンもキリンで「バカ」とか平気で言ってしまうし。これじゃ普段と一緒だ。
「何してんだ、行こうぜ」
「…おう」
少し先を歩いていたタブーが振り向いて言う。モヤモヤする気持ちを無理やり抑え、小走りで向かう。
「おっ、あそこじゃねえか」
数分歩いたところでその片鱗が見えてきた。タブーの瞳が輝き出す。
「匂いもしてきたな」
すんすんと嗅ぎながら言うと、「そういう時は香りって言うんだぜ」と呆れ顔のタブーが言ってきた。確かにいい香りの方が花には合う気がする。
「物知りですねぇ、タブーさんは」
茶化して言うと「抜かせ」と頭を小突かれた。仕返しだ、バカ。
「うおっすげえな!」
興奮した声をあげるタブーの視線を追う。色とりどりの花が視界を埋め尽くすそこは、いかにもタブーの好きそうな場所だ。自然が好きなタブーのことだ、インスピレーションが刺激されて堪らないだろう。
「あっ、おい!結婚式のときみてえなベンチあるぞ!」
はしゃいだタブーが一目散に駆け出す。「待てよ」と言いながら追いかけた。
「女子が好きそうだな」
「おめえだからモテねえんだよ」
「うるさい、余計なお世話だ!」
別に今はモテなくていいし。
「せっかくだから写真撮ろうぜ」
「え!?」
あたふたとするキリンを置いて、「写真撮ってくれ」とキリンたちと同じく散策中のカップルに声を掛けている。どうせ断られるよ…と思っていたキリンを余所に「いいですよ!」と快い返事が聞こえてくる。性格のいいカップルもいるんだな。
「もう少し寄ってくださーい」
彼女の方が楽しそうに指示を出す。なかなか動かないキリンの代わりにタブーがずり、と動いた。近い!
「もう少し寄ってもいいんじゃない?」
彼氏が彼女に聞く。ものすごく楽しそうな顔で「そうだね!」と同意する。おいちょっとまて、もしかして彼女そっち方面の女子じゃねえか?
「もっと寄んのかよ」
面倒くさそうな声を出すタブーに胸がチリっと痛む。…嫌なのかよ。
腐った思考が出てくる直前、肩がぐっと寄せられる。彼女がキャー!っと歓声をあげた。
「いきますよー、はいチーズ」
冷静な彼氏がシャッターをきる。写真を彼女と確認してから「大丈夫ですよー」と声をかけられた。
「どうですか?」
キリンはぎゅっと目を瞑り、耳まで真っ赤で照れているのが分かる。大してタブーはいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「キリン顔面これでいいのか?」
むっとした顔でそう言って撮り直して貰おうとするタブーの腕を掴み、「大丈夫だから!」と拒否する。これ以上引っ付いたらなんかダメだ。
「おめえがいいならいいけどよ…」
「ありがとな、お前らも撮るか?」
顔を見られないようにカップルへと話を振る。「どうする?」と彼女が小首を傾げて聞くと、「せっかくだから撮ってもらおっか」と彼氏が言った。彼女の顔にぱっと笑顔が咲く。
「お願いします!」
「あいよ」
スマホを受け取り、カップルがキリンたちが座っていたベンチへと座る。そして自然に腕を組んだ。2人とも幸せそうな顔をしている。
──────これが世間一般のカップルかぁ…。ため息がこぼれそうになって慌てて唇を噛んだ。
「撮るぞー、1+1はー」
「2ー!」
彼女が元気良く言い、彼氏は愛おしそうな顔で笑った。…いい写真が撮れたと思う。
「うわっすごくいい写真…!ねえ見て、幸せそうじゃない?」
「あはは、写真からも幸せだって伝わってくるね」
そんな会話をして顔を合わせ、また幸せそうに笑うカップルを見て胸に大剣が刺されたように痛む。自分ができないことを幸せいっぱいの顔でやってのけるカップルを見て情けなさが心を真っ黒く覆っていく。
「キリン」
耳元で低い声が響き、えっ、と思った次の瞬間。自分の手がもう一回り大きな手に指を絡まれて──────端的に言うと、恋人繋ぎされていた。
また彼女のキャーッと言う歓声が聞こえる。彼氏が苦笑しながら口を押えていた。
「じゃ、ありがとな。仲良くやれよ」
タブーがそう言うと、カップルがお幸せにーと手を振ってきた。一応振り返しておく。そんなキリンとカップルに全く気にする様子も見せず、タブーはずんずん歩き出す。
せっかく手繋いでもらえたし、このままでいいか…と思っていたところで「あ、すまねえ」とパッと手が離された。温もりを与えられなくなった手が急激に冷えていく。
「別に…」
いいのに。顔を全力で逸らすタブーを前にそんな言葉を吐くことはできなかった。
「次どこ行く」
怒ってんのかよ。相変わらず目を見ないタブーにこちらも少しいじけて答える。
「どこでもいい」
タブーはじゃあこのまま散歩するか、と歩き出す。ほっぽって帰ってやろうとも思ったが、タブーが帰れなさそうなのでやめた。
「海だぜ海」
小走りしたタブーが柵の外を指さして言う。ここの公園は埋立地に建っているため、特定の方向を見ると海が広がっているのだ。
「海っていいよな……いつか大海原出てみたい気がする」
「気がするだけかよ」
タブーのツッコミに軽く笑って海を見る。大海原に出てみたい、というよりは──────自分が海になって漂いたい、の方が正しい気がする。何も考えず、風や潮に任せて針路を変える。ただそこに在るだけの存在に。
「俺様海になりてえかも」
「…お前もか」
「お前も思ったのかよ」
吹き出すタブーを横目で見る。頬が赤く染まっている。この時期に海の近くに来るべきではない。耳と鼻が死ぬ。
「…タブー」
聞いてみたくなった。海になったら、たゆたうことしか出来ない。でもキリンは残念ながら海ではないし、これから海になる予定もない。死んで火葬したあと、骨を海に撒くくらいでしか。
つまり何が言いたいかと言うと、話せるうちに話しとけということだ。
「お前、俺と付き合ってるって自覚あるか」
単刀直入に聞くと、タブーが目を見張った。そして──────今日、初めて目が合った。
「あるに決まってんだろ」
「じゃあお前の言う恋人らしいってなんだ?」
「…」
答えられないと知ってて聞くキリンもキリンだが、予想を一ミリも反さないタブーもどうなんだ。逆に付き合ってるっ何がしたかったんだ。
「お前にとって付き合うも付き合わないも変わらねえんだな。…知ってたけど。それでも何か変わるかなって思った俺が馬鹿だった」
…そんな傷ついた顔すんなよ。お互い様だろうが。俺だって傷ついたよ………何回も。
「別れよ」
「は?」
自分でも驚くほど感情の籠らない声。わたわたと慌てるタブーを見て、内心笑った。
「付き合ってなくても変わらねえよ。俺たちは友達で仲間だ。最強のな。恋人って肩書きがなくなるだけだ」
自分で言って、あぁ、恋人とは名だけの肩書きだったのだ、と思った。手を繋いだらすぐに離す。2人きりで遊びに行くことも滅多にない。キスもしない。抱きしめることもしない。…友達の延長。
「それでいいだろ?」
喉が震える。泣きそうだ。付き合ってもいなくても変わらない、なら友達に戻ろうというカップルがいることは知っている。お互い好き同士で、でも友達だった頃と変わらないよね、と。キリンとタブーもまさにそれだ。劇的な変化が欲しかった訳では無い。でもほんの少しでいいから──────付き合ってるんだ、と思えるようなことをしたかった。
「…帰ろうぜ」
踵を返したキリンの服の裾を引く感覚。つんのめって立ち止まる。「離せよ」、タブーだった。
「…嫌だ」
「あ?」
「別れたくない」
何を。付き合って何が変わった。何も変わってないだろう。2人きりの時間が増えたわけでも、キスやハグをしたわけでもない。それなのに何が嫌だ。
「じゃあなんで手繋いでくれねえんだよ」
繋いだ手をすぐに離した。恋人だから気にするな、なんて説得させる暇もなく。あまつさえ、「すまねえ」と来た。つまり──────恋人は嫌だと。
「お前が嫌なんじゃねえかって思ったんだ」
「…は?」
告白したのは俺からだろうが。好きだから告白した、それなのに嫌だと思うわけねえだろうが。
「お前に好きだって告白したのは俺だよな」
「…おう」
「好きで、手とか繋ぎたくて、だから付き合いたいって俺言ったよな?」
ぼんやりとした記憶の中で、そんなことを言っているキリンがいる。付き合うって何すんだよ、と先程のキリンと同じような質問をしたタブーにそう答えた。だから、キリンがそうしたがっているのを知っているはずなのだ。
「…付き合ってんのに、一人でいるみたいだな」
それが答えだ。二人でいるのに感じる途方もない孤独。飼い慣らされているようで、ずっと一人だった。
「帰るぞ。俺の気持ちは変わんねえから」
「嫌だ」
駄々を捏ねるガキか。ため息を吐く。しょうがない、振り払おう……そう考えた瞬間だった。
「好きだ、キリン」
涙を流しながら、キリンにキスをした。流れた涙が口に入る。しょっぱくて、切ない。
「…っやめろよ!」
どん、と厚い胸板を押す。だがビクともしない。何度も押すが、とうとう手首を掴まれ抵抗することも出来なくなった。抱きしめられて、息が詰まりそうになる。
「好きで好きで堪らなくて怖かった。お前が気持ち悪いって思うんじゃないかって。だからずっと拒否するみてえになっちまった。ごめん、キリン、好きだ、大好きだ」
悲痛な声。こっちまで痛くなる。ぎゅっと目を瞑った。耳元で囁かれる言葉。低い声。紡がれる言葉の一つ一つに愛が籠っていて──────死にそうだ。
「別れたくない。大切にする。だから、離れないでくれよ…」
キリンを抱きしめる腕の力が強くなる。本当に愛してくれているのだと知る反面、今更かよ、という気持ちが拭えない。キリンはもうタブーを無条件に信用することは出来ないのだ。
「好きだ、キリン」
もう一度キスしようとしてきたタブーを力いっぱい突き飛ばす。涙が光る目を大きく見開いたタブーに一言「…ごめん」。踵を返し、早歩きで駅まで向かった。タブーは追いかけてこなかった。代わりにスマホが休む間もなくブーブーとなり続けていて、電源を切った。
滑り込む電車に乗り、どうかタブーが追いつきませんようにと祈りながらドアが閉まるのを待つ。もう少し、あと少し…。アナウンスが流れて、ドアが閉まる。はぁ、と脱力しながら席に座った。
スマホをギュッと握る。もう無理だ。好きがいつの間にか不安にすり替えられていて、疑わずに一緒にいることは不可能だ。ずっとそんな気持ちでいることはタブーに失礼だし、キリンも憔悴に憔悴を重ねることになるだろう。
いずれ共倒れになるくらいなら、今別れた方がいい。
意を決してスマホの電源を入れる。通知が酷いことになっている。LINEではなく全て電話なところにタブーらしさを感じた。
タブーとのトークを開く。数回スクロールすれば辿り着く、最初の会話。どこにもキリンとタブーが恋人であったという証拠はない。二人の関係は『友達の延長』という言葉が十分すぎるほど説明してくれている。
息を吐き、一気にタイピングする。
『ずっと友達だから』
それしか書けなかった。ぼやける視界がうざったくて、何度も瞬きする。震える手で送信すると、数秒と待たずに既読がつく。少し怖くなって、またすぐに電源を切った。
……さて、これからどうしようか。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!