キリン→ハック×モブ女
モブ女出てきません
「デートの練習に付き合って欲しいっす」
「……はぁ?」
クソ真面目な顔をして何を言うか。デート?お前が?変な女にばっか好かれてうんざりしてるお前がデート?
「からかってんのか?」
「違うっすよ!ほんとにデート行くんすよ!」
……なんでだよ。
「誰だよ相手」
「キリンさんの知らない人っすよ」
「いいから教えろよ……あぁ、あまりにも彼女ができないから空想上の彼女でも作ったのか?」
「ちゃんと存在するし、まだ彼女じゃないっすよ。……相手は同じ理工学部の子っす」
同じ学部か。そりゃ知らないわけだ。どんな女だ。やっぱり男子の多い理工学部に行くくらいだから結構な変人(偏見)か?
「彼女は強がりだけど実はすごく繊細で可愛い人っすよ。よく笑う、ひまわりみたいな子っすね」
……大好きなんじゃないか。きっとその女もハックのことが好きなんだろう。じゃなきゃデートの誘いも受けないだろうし(そもそもハックが誘ったのか怪しいが)。
「で?なんでデート練習になるんだよ。いいじゃねえかそのまま行けば」
「ヘマしたら嫌じゃないっすか。ちゃんと……エスコート?してあげたいっす」
「はんっ」
鼻で笑うわ。何がエスコートだついこの間まで女のおの字もなかったくせに。
「嫌っすか?」
「ああ嫌だね」
「俺に彼女ができるのが嫌だから付き合ってくれないんすか?」
ああそうだよ。悪いかよ。でも理由はお前が思ってるのと全然違うけどな。
「とにかく嫌だ」
「…だから彼女できないんすよ」
なんだとこの野郎。自分は一足先に彼女が出来そうだからって。…こっちだって誰でもいいわけじゃないっつーの。
「キリンさんがダメならタブーさんに頼むっす…お邪魔しましたっす」
「待て」
自分が行くのは嫌だ。でもタブーが行くのはもっと嫌だ!
「なんすか…キリンさん行ってくれないんでしょう?」
「行ってやる!行ってやるからタブーに声掛けんな!」
「それならいいっすよ」
お前は掌で転がされているんだ、というしたり顔がムカつく。どうにか一泡吹かせたい。
「どこ行くつもりなんだよ」
「無難に水族館っす」
「ふーん」
ほんとに無難だ。雨でも晴れでも行ける、匂いがない。だが話題に詰まればアウト。童貞陰キャのハックが会話を続けられるかが勝負だ。
……別に、上手くいかなくていいけど。
「いつ空いてるっすか?」
「いつでも」
「じゃあ今週の土曜日で」
なんか手慣れてないか。…まあハックなら高校生の頃彼女の1人や2人いても不思議じゃないが。
いるかも怪しい過去の恋人を想像してチリチリと胸が焦げた。
「辛口でお願いするっす」
まあ、ないか。彼女は常にイマジナリーなキリンにデートの練習を頼む時点で今まで彼女が出来なかったことが伺える。少し考えれば分かる事だった。
恋は盲目とはこの事か。
「すみません、待ったっすか?」
「遅い!」
11:00、15分前。約束は11時だったが、キリンは20分前に着いていたためにハックがキリンを待たせたことになる。
「女を待たせるな!でも早く着きすぎるなよ!」
「どうすりゃいいんすか!」
「10分前に着くくらいがいいんだよ!」
「あんたが早すぎるだけじゃないっすか!何分前からいたんすか!?」
「20分だよ、お前は本人にもそうやった会った瞬間噛み付くのか?!」
そう言うとハックは押し黙った。鼻っ柱へし折ってやるつもりで来たキリンはふんと鼻を鳴らした。
「待たせてごめんっす、寒かったっすよね?」
するりと手を繋いできた。
「ばばばばば馬鹿野郎!!」
「えぇ」
「付き合ってもない女の手をとるやつがあるか!セクハラだぞ!」
「ちょっと!大きな声でセクハラとか言わないでくださいっす!」
「うるさいこのセクハラ野郎!!」
「また言ったっすね!?」
ギャーギャー喚きながら何とか水族館に着いた。デートの練習と言うだけあって、ハックがチケットを買ってくれた。
「入りましょうっす。…はぐれそうだったらどこか掴んでいいっすから」
ああ、俺のバカ。正確には過去の俺!あんな馬鹿みたいなこと言わなければ「手繋いでいいっすか?」くらい言って貰えたかもしれないのに、
……言ってもらってどうすんだってんだ。
「へいへい」
「……彼女役ちゃんとやって下さいっす」
「ありがとうハックくん♡」
「やっぱいいっす」
なんだ人の厚意を無下にしやがって。その無神経さに少し助けられはしたが、やっぱり癪に障りはする。
「キリンさんは何が見たいっすか?」
「マグロ」
「いねえっすよんなもん」
「冗談だって、そんな怒るなよ。短気な男は嫌われるぞ」
「キリンさんがふざけるからでしょ」
「悪かったって。俺クラゲ観たい」
「了解っす。クラゲ目指してゆっくり見て行きましょうっす」
「ああ」
練習なんて要らないんじゃないか。十分やりたがってるエスコートってやつできてると思うぜ。
絶対言ってやらないけど、そう思った。言ったらデート(仮)が終わってしまう。ハックを独り占めできる最後かもしれない時間をみすみす逃すつもりはない。素直になれないくせ、おかしな話だが。
「キリンさん、チンアナゴっすよ」
「ち」
「黙れっす」
「なんも言ってねえだろ」
付かず離れずの距離が心地良い。でも少し踏み込みたいような、恐ろしいような。近づけばハックは離れていく。それが分かっているばかりに迂闊に踏み込めない。ハックはそういう距離のとり方が上手い。頼ってくるくせに自分が建てた壁より内側には入らせないのだ。
「キリンさん?」
少し先を歩いていたハックが振り向く。水槽内部を輝かせるため暗めに設定されている館内で、瞳がきらりと光った。
「……今行く」
─────今日は深く考えずデートしよう。
「イルカショーあるらしいっすよ。見るっすか?」
「お前が見たいだけだろ?」
「なんで分かったんすか」
「分かるよ、」
どんだけお前を見てきたと思ってるんだ。泣き顔も笑った顔も、悩んだ顔も怒った顔も全部見てきたんだ。分からないわけないだろ……馬鹿。
「一番前の席埋まっちまう前に行くぞ」
「濡れるっすよ?」
「どーせ本命とは一番前座んねえだろ遠慮して。今日は気にせず見ろよ」
「それもそうっすね」
お前の意見を尊重してくれるやつを選べよ、とは言えなかった。
✩.*˚
「凄かったっすね!」
珍しく興奮気味に感想をまくし立てる。キリンが聞き取れないレベルの早口で、ただ頷くしかなかった。
「そんなに良かったか?」
「そりゃもう。イルカって可愛いっすね」
そういうお前の方が可愛いよ。死んでも言わないけど。
「クラゲっすよね、ここから近いっすよ。行きましょうっす」
こういうところで自然に手が繋げたらいいんじゃないか。意図せずそう口にしていた。振り向いたハックが「ああなるほど」と言って迷わず──────俺の手を取った。
「え?」
「いや今回はキリンさんから言ったからいいかなと」
……せっかく繋いでくれたんだし。ここで断ったら練習にならないんじゃないか?
考えられる全ての言い訳を頭の中で反響させた後に少し先を歩くハックの隣まで追いつく。「歩くのはええよ」と照れ隠しの文句も忘れずに。
「水族館、いいっすね。ハマっちゃいそうっす」
「もし…」
上手くいかなかったら、これからも付き合ってやるよ。
呟いた声は雑踏の中に消え、ハックは「え?」と聞き返してきた。
「なんでもねーよ」
聞いて欲しいなんて微塵も思っちゃいないから気にすんな。
「お、ここじゃないっすか。クラゲ」
ハックに言われるまま顔を上げると、確かにクラゲがゆらゆらと漂う姿が見えた。
「この水族館クラゲが自慢らしいっすよ」
言われてみれば、水槽が心做しかでかい。何種類かいるとはいえクラゲだけのために取ったとは思えないほど大きな空間。クラゲ推しも納得できた。
「いいな、クラゲ」
「そうっすね」
蠱惑的な姿で水中を漂うクラゲに目を奪われる。丁度いい加減の照明がクラゲをさらに美しく魅せる。
ふと、目線をハックにずらした。
「……綺麗だ」
掠れた上にざわついていたために気づかれなかった。水槽から飛び出した光がハックの瞳を輝かせる。頬や目元のカーブを照らし、その妖艶さで喉がゴクリと鳴った。
「キリンさん?」
覗き込む瞳はまだ輝いている。ずっと俺だけを見ていてくれたらいいのに。光を受けて輝く瞳が何より美しいことを知っているのが俺だけならいいのに。
ハックが好きな女が、キリンが好きなこの瞳の美しさを知らなければいいのに。
「喉乾いてたりしないっすか?さっき自販機見つけたから買ってくるっすけど」
「あー、言われてみれば乾いてるかも。頼むわ」
「はいっす」
急ぎ足でハックが自販機に向かっていくのを見送ったあと、クラゲに視線を戻した。
「…窮屈だろうな」
広い海から狭い水槽へ移り、人の目に晒され、代わり映えのない毎日を送る。海は危険だが、その気になればどこへだって行けるというのに。水槽はあまりにも狭すぎる。
なんの知恵もないくせ想いを馳せてしまうほど入れ込んだか。誰に。もちろん……ハックに。
ハックを見ていると胸が締めつけられるように痛い。見たくないと目を逸らそうとすればするほどあいつは俺の視線を追いかけてくる。人のパーソナルスペースをぶっ壊して入り込んできたくせに、自分のパーソナルスペースに入り込むことは嫌うのだ。
なんて面倒なやつを好きになったのだろう。なんで分かっているのに捨てられないのだろう。不毛な気持ちを抱えて、嫉妬に喘いで、挙句デートの練習台になんてなって。報われないにも程がある。笑えてきてしまう。
「あの、すみません」
ハックの声じゃない。誰だ。
「はい?」
「LINEやってたりしますか?」
いわゆる逆ナンと言うやつ。顔は可愛い。スタイルもまあまあ。今日じゃなければ食いついていただろう。それは相手も同じだが。
今日はハックと出かけるのだと浮かれて少しオシャレをした。下ネタも全くと言っていいほど言っていない。目の前の女はいつものキリンを目の前にしても同じ態度を取れるのだろうか。
「俺スマホ持ってないんで」
「手に持ってるのなんですか?」
めんどくせえ。眉間に皺が寄り、とにかく断ろうと思った時。
「どうしたんすか?」
戻ってきた。おせえよ馬鹿野郎。
女が色めき立つ。なんだ喧嘩売ってんのか。逆ナンしたやつの目の前で目移りするなよ。別に惜しかないけど。
「俺のツレになんか用っすか?」
「LINEっ、持ってるかなって!お兄さんもLINEやってますか?良かったら」
「悪いけどあんたと繋ぐつもりは無いっすよ。今この人と楽しんでるんで邪魔しないでもらえるっすか?」
……言ったなぁ。ヘタレ童貞が。女を前にしたらキョドる典型的なヘタレが。
「俺もこの人もあんたのこと見てられないほど夢中になってる人いるんで。失礼するっす」
顔を歪め──────るかと思いきや、女どもはきゃっと短く歓声を上げて去っていった。
「どういう事だよ」
「勝手に勘違いしてくれて良かったっす」
なんだ。俺の事はデタラメだったんだな。安心したような、少しガッカリしたような。
「キリンさんはいないんすか、好きな人とか気になる人とか」
いるよ。お前だよ。
言えたらどれだけ楽だろう。言えないのは、こいつにチラつく女の影と言ったあとのこいつの顔が邪魔するからだ。気持ち悪いと思われたくない。嫌われたくない。好きで好きでたまらないからこそ臆病になってたまらない。
「…いるよ」
「…へえ。上手くいくといいっすね」
──────……知ってんじゃねえか、阿呆。
「今日はありがとうございましたっす」
「おう」
何だかんだあっという間に解散の時間になった。本番はもう少し長く一緒にいるだろうが、練習でそこまでするつもりはキリンにもハックにもない。
「上手くいくといいな」
思ってないけど。むしろ盛大に失敗しやがれと思ってるけど。でもそう言わなきゃ涙と気持ちが溢れだしてしまいそうだった。
「手伝ってもらって準備はバッチリっすから。成功させるっすよ」
「…………そうか」
きっと上手くいくだろう。あとは相手次第だ。
「じゃあな。楽しかった」
「それじゃ」
ハックはもう少し下見をしたいと言うので別れた。
「……馬鹿」
馬鹿、馬鹿、馬鹿、大馬鹿。こんなことなら行かなきゃ良かった。こんなに涙が止まらなくなるほど気持ちが溢れてしまうにに、強がならなきゃ良かった。
もうハックは手を伸ばせば触れられる位置から歩き出してしまった。手を繋げなければ、その後ろ姿さえボヤけて消えてしまうほど遠くに。
「いかないでくれよぉ…」
こんなにも哀れにお前に恋してる。先に行くなよ。少しだけでも休憩していけよ。
そうじゃなきゃ、俺が耐えられない。
『キリンさん』
なんて、ハックはもう追いかけてはくれないんだから。
『上手くいったっす』
涙ぐむ彼女となった女とのツーショットを送り付けてきた。
「わざわざ送んなくていいっつーの……」
どこまで抉れば気が済むんだこのサイコパスは。
『俺が付き合ってやったんだから当然だろ』
せめて、最後にこれくらい足掻いても許されるだろう。
『そうっすね』
対面だったら笑ってくれていたのだろうか。
「はぁ…」
ため息が零れて下を向いた。ああダメだまた涙が、
「キリン」
「うおっ」
背後から急に声をかけられて涙が引っ込んだ。
「タブー」
一応感謝だ。
「ハックどうだって」
「あー…上手くいったってよ」
「……残念だったな」
「…気づいてたのか?」
「お前分かりやすいからな」
なんてこった。タブーでさえ気づくほど分かりやすかったというのにハックは……
………………気づいてたのか。だからあの質問か。
「まあ一時の気の迷いだよな」
「そんなんじゃねえだろ」
「それでいいんだよ」
「……ならそれでいいんじゃねえか」
深く追及してこないことが唯一救いだった。
もうキリンの恋は終わらせなければいけない。いつまでも抱えていてもキリンにもハックにも邪魔になるから。
でももう少しだけ抱えていたい。ほんの少しでいいから、恋のほろ苦さを噛み締めていたい。
チリン。
クラゲを見たあとお土産コーナーで買ったクラゲのストラップを見つめる。
『お揃いとか良さそうっすね』
何を考えてるんだか、ハックも買っていた。彼女と行く時買えよ馬鹿。
「なにがお揃いとか良さそうだバーカ!」
窓から投げ捨てた。手から離れる一瞬、チリンと寂しげな鈴の音を残して。
恋もこれくらい簡単に捨てられたらいいのに。
ピロンと通知が鳴って、またハックからLINEが来た。
見てみると一言。
『ごめんなさいっす』
「──────ふざけんなよ」
いつまで掻き乱せば気が済む。どこまで気持ちを蹂躙すれば気が済む。
俺がお前を好きなことをわかった上で練習に連れ出して楽しかったかこの大馬鹿野郎。
「タブー!」
「なんだよ」
「酒飲み行くぞ!」
「まだ1時」
「問答無用!!」
タブーを引っ張って超将に向かう。途中、引っ張っていた手をタブーは繋ぎ直してきたが。
「付き合ってやるからハメ外しすぎんなよ」
「……おう」
水槽で泳ぐクラゲを思い出す。狭い中でもゆらゆらと漂っていたあのクラゲを。
きっとキリンの思いはクラゲだったのだ。ゆらゆら、ひたすら漂っているうちに水槽じゃ満足出来なくなって飛び出したのだ。でも水がないところではクラゲは死んでしまう。だから飛び出したクラゲのような恋は少しずつ死んでいくのだ。飛び出した先に水を抱えた人がいなかったから。
死んでいくなかで恋を思い返すのだ。そして枯れて死ぬ。綺麗に死ねれば本望だ。
「割り勘な」
「3:7だろ」
「俺が3だろ」
「ざけんな」
今はとりあえず酒を飲んで思考を放棄しよう。今日だけはまだ、この恋の余韻に浸っていたい。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。