先日、恋人と喧嘩をした。
昔から一緒の幼馴染だし、喧嘩くらい正直なかったわけではない。
でも、あんなに怒る翔太は久々だった。
喧嘩の内容とか、そういうのはほとんど覚えてなくて、
でも翔太が言ってたことは今起きてることのように覚えている。
怒った勢いで今まで俺と付き合ってきて嫌だったことなど全部言われた。
それがショックで悲しいはずなのに、すんなり俺は受け止めていた。
翔太を苦しめるくらいなら、いっそもっと早く………
いや、その前に翔太を苦しめてしまっていたことにもっと早く気づくべきだった。
もし自分が翔太を苦しめる原因をわかっていて、それを直せたら、
翔太が満足できるような恋人でいられたら。
ぽろりと落ちてくる涙を拭いながら、一人の静かな楽屋で小さくなる。
またメンバーは来てない。まだ大丈夫なはず。
気を紛らわせようとスマホを開く。
そういえばロック画面は翔太との写真だったっけ。
このときは一緒に遊園地に行ったときのかな、楽しかった。
お化け屋敷でビビる翔太面白かったな。
あの時は笑顔だったのに。
ずっと涼太涼太って、俺の名前呼んで、手繋いで、楽しそうだったのに。
あれも嘘だったのかな。
一生消えないんじゃないかというほどの思い出が俺らには溢れてる。
当たり前か。もう出会ってから30年とかなはず。
翔太と過ごした一つ一つの日々が、思い出が、俺の記憶から離れようとしない。
ならいい。一生それを抱えて生きていく。
きっともう翔太以上の人には出会えない。
俺にとって唯一の幼馴染で、好きな人で、一生隣に立っていたいと思えた人。
だからもういいよ、この思い出は離さない。
でも翔太、翔太は忘れてね、
好きな人には幸せになってほしいから、そう思うのが普通でしょ?
もうあの日々には帰れない。
だからもういいんだ。
俺のことは忘れて、幸せになって。
結婚して、子供でも作って、楽しそうに笑っててよ。
俺はそれを見れればそれでいい。
隣でなんて見るつもりはない。
後ろでも何でもいい。
だから…だから……
これを直接本人に言えたらどんなにいいことだろう。
まだ喧嘩して以来、一言も話してないからちゃんと別れようとは言えてない。
今日の撮影は俺と翔太が最後。
つまり俺ら二人だけが最後まで残るということ。
その時にちゃんと伝えよう。
別れて、俺じゃない人と幸せになってって。
それが最善だから。
決意を固めて、小さく息を吐き、鏡を見ながら少しずつ髪を直し始めた。
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撮影が終わり、俺と翔太は二人で楽屋に戻る。
いつもは隣を歩いていたはずなのに、今は翔太の2メートルほど後ろを歩いている。
もう触れそうにない遠い背中に胸の痛みを覚えながら、楽屋に戻った。
ちゃんと伝えよう。幸せになってって、ちゃんと伝えなきゃ。
楽屋にお互いが入ったことを確認して、小さな声で名前を呼んだ。
翔太は片付ける手をピタリと止め、俺の声に耳を傾けているようだった。
頑張れ俺、言え。
これが言えたらもう楽だ。
ここからは自分の気持ちを伝えるだけ。
翔太がどんな顔をしているかとか、どんな様子なのかなんて俺には見えていない。
言いたいことも言って、なんとか笑顔を絶やさずに伝えられたはずだ。
今俺、ちゃんと笑えてるかな。
翔太がかわいいって言ってくれた笑顔でいれてるかな。
なんでだろう。目元が熱くて、水すら感じる。
なんで泣いているんだろう。
辛いのは翔太なはずなのに。
翔太は何も言わない。
ちゃんと俺の気持ち、わかってくれたかな。
静かに待っていると、淡白な一言が返ってきた。
あぁ、良かった。これで終わらせられたんだ。
翔太の苦しみとなる原因ももういない。
これで幸せになれるよね。
ありがとう、さようなら翔太。
俺はこれから新しい道へ進むよ。
この思い出も、愛も、全部抱えてまた進んでいくから。
翔太は幸せになってね。
俺にたくさんの愛をくれてありがとう。
そう呟く翔太の声は俺に届くことはなかった。
二人は少しずつ離れていくだけだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!