第2話

防空壕の跡
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2026/07/28 09:00 更新





山田先生
えー、そういうわけで1945年になるとますます戦況は悪化して………





 ああ、苛々する。



 なんで、こんなに苛々するんだろう。




山田先生
___おい、大森!
山田先生
お前、話を聞いているのか!?
大森 元貴
………いちおう、聞いてます
山田先生
いちおう、だと?
山田先生
ちゃんと気を入れて聞かんか!
山田先生
おい、板書は写してるんだろうな?
大森 元貴
一文字も写してません
山田先生
ふざけるな!先生を馬鹿にするのもいい加減にしろ!
大森 元貴
………
山田先生
………ふん、まぁいい。120ページの4行目から読め




 仕方がなく机の中から教科書を取り出し、
 ゆっくりと立ち上がった。



大森 元貴
………そこで日本は不利な状況を打開するために特攻作戦を決行………
山田先生
声が小さい!
大森 元貴
___気分が悪いので保健室に行ってきます




 唖然とするクラスメイトを無視し、僕は後ろの扉から教室を出る。



山田先生
おい!




 ああ、本当に苛々する。








 僕は結局保健室には行かず、適当に屋上で時間を
 潰してから自分の家へと向かった。





 両側に一軒家やアパートが立ち並んだ細い道を歩く。



 古びたアパートの前で足を止め、一回のいちばん奥の
 どんよりと湿った玄関を開けた。



 中には熱気がこもっていて、息苦しいほどに蒸し暑い。



 僕は乱暴にリビングの窓を開けて、扇風機のスイッチを押した。



 テレビを付けて、適当なチャンネルに合わせておく。




今から70年前、特攻隊の戦闘機は、片道分の燃料と爆弾だけを積み込んで南の空へと飛び立って………





 ___特攻隊、今日の授業でヤマダがそんなこと言ってたな。



 戦争の番組は何となく気分が暗くなるので、
 他の適当なチャンネルに変える。




 しばらくしていると眠くなってきたので、
 僕はテレビを背にしてうたた寝を始めた。









大森 幸恵
___ちょっと元貴!起きなさい!





 ばしんと頭を叩かれて唐突に眠りから覚める。




大森 幸恵
………まったく、あんたって子は………どうしてそうなのよ
大森 幸恵
こんな時間まで制服のままで寝こけて………
大森 幸恵
宿題はちゃんとやったの?
大森 元貴
いちいちうるさいなぁ………
大森 幸恵
うるさい?言われなきゃやらない元貴が悪いんでしょうが!
大森 元貴
あとでやるって。いいじゃん、ちょっとくらい寝たって





 すると、お母さんの携帯電話が鳴りだした。




大森 幸恵
はぁい、もしもし、大森です



大森 幸恵
ええ、はい



大森 幸恵
いつもすいません、ご迷惑ばっかりおかけして………





 しばらくして電話が切れた。




大森 幸恵
担任の青木先生からだったわよ!
大森 幸恵
先生に無断で授業をさぼったんだって?
大森 幸恵
もう何回目?
大森 元貴
さあ。10回目くらい?
大森 幸恵
………もう、あんたは本当に!
大森 幸恵
お母さんがあんたのために働いてる間に学校さぼって、家に帰ってきても宿題もしないで昼寝なんて、いいご身分ね!
大森 元貴
なにそれ、恩着せがましい。お母さんが勝手に僕を生んだんでしょ?
大森 元貴
生みたくて生んだんだから、育てるために稼ぐの、当たり前じゃん!
大森 幸恵
………この、親不孝者!
大森 幸恵
あんたには言わなかったけど、一昨日も学校から電話あったわよ!
大森 幸恵
授業中の態度が悪いし、宿題も出さないって!
大森 幸恵
どうしてあんたはそうなのよ、ちゃんと勉強しないの!?
大森 元貴
そんなの僕の勝手でしょ
大森 幸恵
あんたのために言ってるのよ!
大森 幸恵
今勉強しとかないと、将来苦労するのは自分なのよ!?絶対に後悔するんだから!
大森 元貴
僕のため?違うでしょ、自分の世間体のためでしょ
大森 幸恵
な………っ、親になんて言い方するの!
大森 元貴
ああもう、うるさいうるさい!僕の人生なんだからほっといてよ!





 叫んだ瞬間、頬に衝撃と熱が走った。



 平手で叩かれたんだ。




大森 幸恵
あんたみたいな馬鹿、私の子供じゃない!
大森 元貴
………それはこっちのセリフだよ!
大森 元貴
僕だって、あんたなんか親だと思ってない!
大森 元貴
お望み通り、出て行ってあげる!





 僕はそう叫んで、制服のままカバンを掴んで玄関から飛び出した。









大森 元貴
さて、どこで寝ようかな





 そこから10分ほど歩いたところに、小さな裏山があった。



 その山の一部に、一か所、ぽっかりと穴が開いているところがあった。




大森 元貴
………ボークーゴー





 子供のころ、お母さんから聞いた。




大森 幸恵
『あれは防空壕っていって、戦争の時に、爆弾から逃げるために掘られたのよ。』
大森 幸恵
『兵隊さんたちの幽霊がいっぱい出るから、絶対に入っちゃだめよ』





 僕は高鳴る鼓動を無視して防空壕の前に立った。



 誰にも見られずに夜をしのげるところなんてここくらいしか知らない。





 一歩踏み出した瞬間、僕の視界は闇に覆われた。



 奥のほうは真っ暗な闇で、何も見えない。



 少し肌寒かったので、ジャージの上下を着て土の上に寝転がる。


 
 肌寒いのに、体からは冷や汗が止まらない。



 僕は奥のほうを見ないように入り口に顔を向けて、
 そのまま目を閉じた。










 外で、ちゅんちゅんと雀の鳴く声が聞こえた。




大森 元貴
………ん?
大森 元貴
もう朝か………





 防空壕から出る。



 すると、外からの熱気がぶわっと流れ込んできた。




大森 元貴
あっつ………





 僕は着ていたジャージを脱ぎ、カバンに押し込んだ。



 時間を確認しようと思い、スマホを開く。




大森 元貴
………え?圏外?
大森 元貴
………なんで、なにもないの?





 そこには、だだっ広い野原が広がっていた。




大森 元貴
なんで?どういうこと?





 訳が分からなくなって、ひたすら歩いた。



 何でもいいから、自分の知っているものを
 見つけたかった。




 ふいに、急激な喉の渇きを覚えた。



 そういえば、昨日の夕方から一滴の水分も
 とっていない。





 頭がぼうっとしてくる。




大森 元貴
(___やばい、暑い)





 頭が痛い。



 胸のあたりが気持ち悪くて、吐きそうだ。




 僕は口元を抑えながら道端に座り込んだ。



 頭の片隅に死がちらついた。




大森 元貴
(我ながらつまらない人生だったなぁ………)
大森 元貴
(お母さんも、僕が死んだら自由に生きていけるかな………)





___ねぇ、君、大丈夫?
大森 元貴
………?





 ゆらゆらと顔を上げる。



 そこにいたのは僕より一回りくらい大きい男性だった。




大森 元貴
(え、何この人………)





 その人は歴史の教科書に載っているような軍服を着ていた。





………熱いね
ほら、飲みな!水だよ





 僕はその人が差し出した水筒のようなものを
 ひったくるように取ると、一気に喉に流し込んだ。




大森 元貴
………っ、げほっ、げほっ!
そんな慌てなくて大丈夫だよ!
全部、君にあげるから





 体調が落ち着いてきた頃、僕はその人を見た。




大森 元貴
………ありがとうございます
大森 元貴
助かりました………
もう、具合は大丈夫?
大森 元貴
あ、はい………
落ち着いたなら、涼しいところに行こうか
立てる?





 立とうとした瞬間、ぐらりと視界が揺れた。




わ、ごめん!
急に立てるわけないよね………





 次の瞬間、僕はその人に担がれていた。




大森 元貴
え、えっ?!
つかまっててね





 その人はそのまますたすたと歩きだした。



 僕は何もできずに、その人の首に手を回した。




若井 滉斗
俺の名前は若井滉斗
若井 滉斗
君は?
大森 元貴
あ………、大森元貴、です
若井 滉斗
もとき、か
若井 滉斗
いい名前だねっ!





 若井さんは僕を連れて、「藤澤食堂」という
 看板の出ている古民家のような建物に入った。




若井 滉斗
ごめんくださーい、涼ちゃんいる?





 すると、厨房の奥のほうから涼ちゃん、
 と呼ばれた中性的な若い男性が出てきた。




若井 滉斗
この子、元貴っていうんだけど暑さでやられちゃっててさ
あらぁ、大丈夫?
この暑さだもんねぇ………
藤澤 涼架
あ、僕は藤澤涼架っていいます!





 そういいながら、僕を座敷に座らせて湯呑みに
 入った水を出してくれた。





 それにしても、ここは食堂だというのに暑い。



 天井にクーラーはなかったので、
 せめて扇風機、と視線を走らせる。




藤澤 涼架
あぁ、扇風機?
藤澤 涼架
ごめんねぇ、暑いよね
藤澤 涼架
あの扇風機、ずいぶん前に壊れちゃってね………
若井 滉斗
もう家庭用の扇風機が作られなくなって何年だろう………
藤澤 涼架
さぁ、確か3年くらいじゃなかった?
若井 滉斗
今は何事も軍需生産優先だからねぇ………困ったもんだ
大森 元貴
(………グンジュセイサン?)
若井 滉斗
でも、心配することないよ
若井 滉斗
しばらくしたらこの戦争も終わるから………
大森 元貴
(………センソウ?)





 聞きなれない言葉ばかりが陳列されていて、何が何だかわからない。




若井 滉斗
俺たちが必ずや敵国に痛手を負わせて、戦争を終わらせてみせるよ
若井 滉斗
そのために、俺は特攻隊に入ったんだ
藤澤 涼架
若井なら、必ずやり遂げるだろうねぇ………
若井 滉斗
もちろん!
若井 滉斗
天皇陛下の御為に、大日本帝国のために、国民のために、俺は絶対に敵艦を撃沈してみせる





 さっきから何言ってるの?





 特攻。



 昨日の授業や、テレビニュースでやっていた。



 『決して戻ってこられない』前提で出撃する。




大森 元貴
(そもそも、ここはどこ?)
大森 元貴
(僕はこんな場所知らない………)





 ふと、横のテーブルに乗せられている新聞が目に入った。



 見慣れない漢字がずらっと並んだ、不思議な紙面。



 思わず手を伸ばして、日付を確認する。





 『昭和20年6月10日』




 『昭和20年』って………確か、
 終戦した年だ。



 今日の朝目覚めてからの違和感が、
 一つにつながっていく。



 だだっぴろい野原も、若井さんの見たことのない服装も、
 聞きなれない言葉も、全部。



 僕は、70年前の日本にタイムスリップ
 してしまったんだ。



 それが分かった瞬間に、目の前が真っ暗になった。



大森 元貴
………すいません、ご迷惑おかけしました
大森 元貴
ありがとうございました




 僕はもう何が何だか分からなくなって、
 返事も聞かないまま食堂を飛び出した。







 来た道の記憶を辿って、なんとか防空壕へ
 辿り着いた。



大森 元貴
やだ………帰りたい、帰して!
大森 元貴
なんで戻れないの………?
大森 元貴
そうだ………寝たら戻れる………




 僕はそのまま地面に横たわると、
 いつの間にか眠っていた。



 でも、起きても昭和20年の日本のままだった。



大森 元貴
喉乾いた………お腹すいた………
大森 元貴
もう帰れないのかな………




 ふいに、カバンを藤澤食堂に
 置いてきたことを思い出した。



 僕はふらふらとした足取りで、藤澤食堂へ向かった。








藤澤 涼架
あっ、元貴くん!
藤澤 涼架
どこ行ってたの、心配したんだよ!
大森 元貴
え………心配?
藤澤 涼架
こんなに汚れちゃって………
藤澤 涼架
とりあえず汚れを落とさなきゃね




 そう言って藤澤さんが僕を連れて行ったのは裏庭だった。



藤澤 涼架
さ、水浴びしな!
大森 元貴
え………こ、ここで?水で?
藤澤 涼架
あれ、元貴くんの家は違かった?
藤澤 涼架
大丈夫だよ、夏だから
大森 元貴
でも、ここ庭………
藤澤 涼架
塀があるから平気だよ
大森 元貴
うぁぁ………、やっぱり恥ずかしいです!
藤澤 涼架
男同士なのに〜っ!
藤澤 涼架
でも体汚いんだから水浴びしないとだよぉ?
大森 元貴
はぁい………





 僕は渋々服を脱いで、水浴びを始めた。









 水浴びを終え、用意されていたモンペというものに着替える。



 食堂に戻ると、藤澤さんがご飯を用意してくれていた。




藤澤 涼架
さ、お腹すいたでしょ





 食卓に並んだのは、ほかほかの味噌汁、大量のたくあん、



 さつまいもの煮物、小さな魚の佃煮と茶色いごはん。



 見慣れないものだったけど、ここ最近ご飯を食べていなかった
 僕のおなかはぐう、と音を立てた。




大森 元貴
わっ、すいません………
藤澤 涼架
だはぁっ、いいんだよ
藤澤 涼架
冷めないうちに食べな!味には自信があるからね
大森 元貴
………いただきます
藤澤 涼架
どうぞーっ!





大森 元貴
おいしい………
藤澤 涼架
本当!?よかったぁ………





大森 元貴
ごちそうさまでした………
藤澤 涼架
どういたしまして!
藤澤 涼架
ところでさ、元貴くん
大森 元貴
はい
藤澤 涼架
君、行くところがないならここで働かない?
大森 元貴
………え?
藤澤 涼架
ここら辺に陸軍の基地があってね、その人たちが休日になると食堂に食べに来てくれるんだ
藤澤 涼架
どうしても、忙しくて手が回らなくてね………
藤澤 涼架
だから、元貴くんが働いてくれると嬉しいな
藤澤 涼架
あ、もちろん住み込みでね





 僕は藤澤さんの気遣いに気が付いた。



 家に帰れない僕を気遣ってくれているんだ。




大森 元貴
………よろしくお願いします
藤澤 涼架
本当!?よかった、助かるよ





 すごい優しい人なんだな、と思った。



 この人がいなければ、僕は数日のうちにどこかで
 野垂れ死んでいただろう。





 そこまで考えて、いちばん最初に助けてくれた男の人___
 若井さんのことを思い出した。




 また会えるかな。



 会えたら、ちゃんとお礼が言いたい。










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