ああ、苛々する。
なんで、こんなに苛々するんだろう。
仕方がなく机の中から教科書を取り出し、
ゆっくりと立ち上がった。
唖然とするクラスメイトを無視し、僕は後ろの扉から教室を出る。
ああ、本当に苛々する。
僕は結局保健室には行かず、適当に屋上で時間を
潰してから自分の家へと向かった。
両側に一軒家やアパートが立ち並んだ細い道を歩く。
古びたアパートの前で足を止め、一回のいちばん奥の
どんよりと湿った玄関を開けた。
中には熱気がこもっていて、息苦しいほどに蒸し暑い。
僕は乱暴にリビングの窓を開けて、扇風機のスイッチを押した。
テレビを付けて、適当なチャンネルに合わせておく。
___特攻隊、今日の授業でヤマダがそんなこと言ってたな。
戦争の番組は何となく気分が暗くなるので、
他の適当なチャンネルに変える。
しばらくしていると眠くなってきたので、
僕はテレビを背にしてうたた寝を始めた。
ばしんと頭を叩かれて唐突に眠りから覚める。
すると、お母さんの携帯電話が鳴りだした。
しばらくして電話が切れた。
叫んだ瞬間、頬に衝撃と熱が走った。
平手で叩かれたんだ。
僕はそう叫んで、制服のままカバンを掴んで玄関から飛び出した。
そこから10分ほど歩いたところに、小さな裏山があった。
その山の一部に、一か所、ぽっかりと穴が開いているところがあった。
子供のころ、お母さんから聞いた。
僕は高鳴る鼓動を無視して防空壕の前に立った。
誰にも見られずに夜をしのげるところなんてここくらいしか知らない。
一歩踏み出した瞬間、僕の視界は闇に覆われた。
奥のほうは真っ暗な闇で、何も見えない。
少し肌寒かったので、ジャージの上下を着て土の上に寝転がる。
肌寒いのに、体からは冷や汗が止まらない。
僕は奥のほうを見ないように入り口に顔を向けて、
そのまま目を閉じた。
外で、ちゅんちゅんと雀の鳴く声が聞こえた。
防空壕から出る。
すると、外からの熱気がぶわっと流れ込んできた。
僕は着ていたジャージを脱ぎ、カバンに押し込んだ。
時間を確認しようと思い、スマホを開く。
そこには、だだっ広い野原が広がっていた。
訳が分からなくなって、ひたすら歩いた。
何でもいいから、自分の知っているものを
見つけたかった。
ふいに、急激な喉の渇きを覚えた。
そういえば、昨日の夕方から一滴の水分も
とっていない。
頭がぼうっとしてくる。
頭が痛い。
胸のあたりが気持ち悪くて、吐きそうだ。
僕は口元を抑えながら道端に座り込んだ。
頭の片隅に死がちらついた。
ゆらゆらと顔を上げる。
そこにいたのは僕より一回りくらい大きい男性だった。
その人は歴史の教科書に載っているような軍服を着ていた。
僕はその人が差し出した水筒のようなものを
ひったくるように取ると、一気に喉に流し込んだ。
体調が落ち着いてきた頃、僕はその人を見た。
立とうとした瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
次の瞬間、僕はその人に担がれていた。
その人はそのまますたすたと歩きだした。
僕は何もできずに、その人の首に手を回した。
若井さんは僕を連れて、「藤澤食堂」という
看板の出ている古民家のような建物に入った。
すると、厨房の奥のほうから涼ちゃん、
と呼ばれた中性的な若い男性が出てきた。
そういいながら、僕を座敷に座らせて湯呑みに
入った水を出してくれた。
それにしても、ここは食堂だというのに暑い。
天井にクーラーはなかったので、
せめて扇風機、と視線を走らせる。
聞きなれない言葉ばかりが陳列されていて、何が何だかわからない。
さっきから何言ってるの?
特攻。
昨日の授業や、テレビニュースでやっていた。
『決して戻ってこられない』前提で出撃する。
ふと、横のテーブルに乗せられている新聞が目に入った。
見慣れない漢字がずらっと並んだ、不思議な紙面。
思わず手を伸ばして、日付を確認する。
『昭和20年6月10日』
『昭和20年』って………確か、
終戦した年だ。
今日の朝目覚めてからの違和感が、
一つにつながっていく。
だだっぴろい野原も、若井さんの見たことのない服装も、
聞きなれない言葉も、全部。
僕は、70年前の日本にタイムスリップ
してしまったんだ。
それが分かった瞬間に、目の前が真っ暗になった。
僕はもう何が何だか分からなくなって、
返事も聞かないまま食堂を飛び出した。
来た道の記憶を辿って、なんとか防空壕へ
辿り着いた。
僕はそのまま地面に横たわると、
いつの間にか眠っていた。
でも、起きても昭和20年の日本のままだった。
ふいに、カバンを藤澤食堂に
置いてきたことを思い出した。
僕はふらふらとした足取りで、藤澤食堂へ向かった。
そう言って藤澤さんが僕を連れて行ったのは裏庭だった。
僕は渋々服を脱いで、水浴びを始めた。
水浴びを終え、用意されていたモンペというものに着替える。
食堂に戻ると、藤澤さんがご飯を用意してくれていた。
食卓に並んだのは、ほかほかの味噌汁、大量のたくあん、
さつまいもの煮物、小さな魚の佃煮と茶色いごはん。
見慣れないものだったけど、ここ最近ご飯を食べていなかった
僕のおなかはぐう、と音を立てた。
僕は藤澤さんの気遣いに気が付いた。
家に帰れない僕を気遣ってくれているんだ。
すごい優しい人なんだな、と思った。
この人がいなければ、僕は数日のうちにどこかで
野垂れ死んでいただろう。
そこまで考えて、いちばん最初に助けてくれた男の人___
若井さんのことを思い出した。
また会えるかな。
会えたら、ちゃんとお礼が言いたい。
毎週月曜日18時投稿‼️‼️‼️












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!