きっと、少し早く起きすぎた。
眠ったままの脳みそを動かしてから、
まだ2時間しか経っていない。
通常、起きたあとは3時間程した後に、
脳が活性化するらしい。
脳も、意外とのんびり屋なのだ。
そんなどうでもいいことを、まだ起ききっていない脳みその片隅で考えながら、
じっ、と入学式が始まるのを待っていた。
ステージの前には、吹部の人達が並んで演奏をしていた。
こんな、まだ中身が中学生だらけの連中に、
よくその努力が向けられるよな、と感心した。
驚いた。
僕が頭で思ってたことを、そのまま言葉にされたもんだから、本当に。
振り向くと、そこにはもう誰もいなくて、
代わりに、前に髪の長い女性が、座った。
丁度、僕の目の前の席。
彼女には独特の雰囲気があって、
他人が勝手に踏み込めないような、奥があった。
…そう見えた。
世の男性が言う、
「可憐な女性」
とはまた別の意味の、可憐さ。
その女性からは、どことなくスターチスの香りが、漂う。
いや、実際の話じゃなくて、オーラから。
そう、この人は、実際には生徒なのに
今、僕はこの人を
「女の子」
ではなく
「女性」
と言ってしまう程に。
しかし、さっきの彼女は、
僕が思っていることをそのまま言葉にしていた。
彼女に心を読む能力があるのか、
僕が気付かぬ間に口に出してしまっていたのか、
はたまた、偶然か。
まあ今となってはどうでもいいことか。
そう思い、思考を元に戻そうとしたとき、
彼女と目が合った。
偶然なのか、彼女が不意にこちらを見て、
目配せをした。
この後、親が来ても、入学式が始まっても、
僕の思考は彼女に向けられたままだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!