俺は黄瀬あなたの下の名前という人間が好きだ。それは確実に恋愛的な意味で。
しかし、彼女はそんなふうに思われているとは、思ってもいないだろう。
俺だって、こんな叶うはずのない恋はしたくなかった。けれど好きになってしまったのだから、どうしようもない。
彼女のハスキーな声が好きだ。
彼女の少しはねた黒髪が好きだ。
彼女の光の角度で緑にも見える瞳が好きだ。
彼女の性格が、器用さが、頭の良さが、表情が、温かい雰囲気が。
好きになった。
叶うはずはない。叶えたくもない。
彼女が俺に微笑むそれが、恋幕を含んでいたら、そんなこと、思わなかったのかもしれないけれど。
嗚呼、タラレバだ。わかっている。わかっているさ。
でも、想像するくらいは許してくれ。
彼女と俺の関係が、根本的に違っていたら。
俺はまだ、望みを持てていたというのに。
親友、悪友、ライバル、仲間、敵。彼と俺を表すことのできる言葉はもっとたくさんあるが、今は友人とだけ言っておこう。
彼――MENはいい男だ。それは確かである。本人はモテたいモテたいと、ほざいているが頭はいいし優しいし、普通に女性からは好かれる男である。
しかし、言ってはなんだが俺のほうがモテる。自意識過剰と思われるかもだが、事実だ。頭はいいし運動もできるし顔も悪くはない。
だが、一定数の女性などは違う。特に俺の想い人は、MENか俺、どちらを恋愛対象とするか聞けば確実にMENと応える。
何故か。
MENは頭をフル回転させて、ギャグを考えているようだ。
皆その様子を見て笑っていたり、茶々を入れたり、薄っぺらい応援をしたり。
教室の騒がしさで俺はちょっと落ち着いた。
実の姉が好きとか。気持ち悪すぎるだろ。
乾いた笑いがははっ、と騒音に溶けていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!