第10話

俺じゃなくなっても2(たつはる)
722
2021/07/11 13:12 更新
達也くんへ

多分もうすぐ死ぬから手紙を書くね。

達也くんが大好きでした。もう好きって気持ちは思い出せないけど、好きだったことは覚えてる。ほんとはおれが達也くんを好きなうちに、おれを殺すって約束してほしかったけど、しょうがないね。

あと、あんなこと言ったけど、おれが死んだら新しい恋人を作っていいんだよ。おれはもういないんだから、おれにしばられず幸せになってほしい。

今はもう好きってどんなだかわからないし、達也くんのこと好きと思えない。だけどおれが死んでゆうれいになって、もし感情とかそういうのが戻ってきたら、きっとまた達也くんを好きになる。前はゆうれいなんて信じてなかったけど、こんな意味わかんない病気があるんだもん、多分いるよね。好きすぎて取りついたらごめん。

はるひと
達也
達也
懐かしいなぁ…
あれから一年、俺は未だにハルが書いた手紙を読み返している。一生に一度のお願いから数日でハルの脳は完全に人間じゃなくなって、ハルは「病死」した。この手紙を見つけたときは死ぬほど泣いたし、情けないけど後追いだって考えた。今読んでも涙が出てくる。
達也
達也
結局殺せなかったんだよなぁ
晴人
晴人
は!?ちょっと、また読んでるの!?
そこで部屋に入ってきたハルに手紙を奪われた。
達也
達也
いいじゃん、俺にくれたんだから読んだっていいだろ
晴人
晴人
何十回と読んだでしょ!恥ずかしいんだからやめてよもう!
顔を真っ赤にして怒るハルをなだめながら、ハルが一度死んだときのことを思い返した。
ハルの願いを叶えることはできず、かといって保健所に連絡することもできず、俺は俺を食おうと暴れるハルを縄で縛って部屋に閉じ込めた。無意味だと思いながらも拘束されたハルにご飯を食べさせて、風呂に入れて、頬にキスして眠った。病院にもハルの家族や太我にもハルの死を隠して、廃人みたいな生活を繰り返していた。そしたら突然ハルが大人しくなったのだ。
達也
達也
ハル……?
当時の俺はそれはもう驚いた。止むことがなかった唸り声がいきなり静かになったから。安心とかはなくて、この状態のハルですら俺を置いてくんじゃないかって恐怖でひたすら泣いた。だけどそれから徐々に徐々にハルは理性を取り戻して、感情を取り戻して、言葉を取り戻した。発症から「病死」までと同じくらいの時間をかけて、ハルは人間に戻っていった。
晴人
晴人
達也くん……俺、達也くんが大好き
達也
達也
えっ…?
晴人
晴人
大好き
ぼろぼろ涙をこぼしながら、確かめるようにそう呟いたハルを俺は忘れない。
病院に連れてって、そこからさらに検査機関に連れてかれて、最終的にハルは「これは治る病気だった」と言われた。
達也
達也
は!?
晴人
晴人
え!?
今までの患者は病死……つまりもう人間じゃないと判断された時点で即処分されてたから、誰もこの事実に気づかなかった。解剖されたり処分されたりそもそも症例が少なかったりで、「病死」してからも生命活動を維持したまま放置されたのはハルが初めてだった。国が「病死」と決めただけで、実際は死んでいなかったのだ。風邪やノロウイルスのように自然治癒するはずの患者を、そうと気づかず危険だからと本当の意味で殺していたのだ。
達也
達也
え…ほんとにハル治ったんですか?
晴人
晴人
再発とかないですか?ほんとにもう大丈夫なの?
達也
達也
隔離とか解剖とかしなくていいんですか?
晴人
晴人
ねえなんで余計なこと言うの?
この病気の治療法(放置するだけだけど)が判明して、ハルと俺は文字通り世間から大注目された。法を犯してハルを隠していた結果のことだから、多少はバッシングも受けた。生まれて初めて記者会見とかいうものをやらされた。
「なんで保健所に連絡しなかったんですか?」って質問に、なぜかハルが
晴人
晴人
愛です
とか答えやがったときは思わず頭を引っ叩いたが、時間が経てば世間の興味は移り変わるものだ。治療法が生まれた奇病のことなんてみんなすっかり気にしなくなった。
今俺の目の前には、耳まで赤くして照れているハルがいる。一年前の、感情が丸ごと抜け落ちた冷たい瞳が嘘のようだ。後ろからハルを抱きしめたら、おずおずと俺の手にハルの手が添えられた。
達也
達也
恋人の最期のお願いも叶えられないクズでよかった
晴人
晴人
なんでそんなこと言うの?達也くんはクズなんかじゃないもん
達也
達也
なんでもいいだろ
晴人
晴人
よくないし
達也
達也
いいんだよ……ハルが生きてるんだから全部どうでもいいんだよ
そう言ったら、ハルは何も言わずに俺の手をぎゅっと握った。手にポタッと水滴が落ちて、ハルが泣いてるのがわかった。
晴人
晴人
もう……明日、せっかく復活ライブなんだから……しめっぽくしないでよ…
達也
達也
うん、ごめんね
謝ったけど俺はこれからもあの手紙を読むと思う。ハルが隣にいるのがどれだけ奇跡みたいなことか、忘れたくないからだ。ハルの照れ顔を見れること、ハルの手が俺に触れてくれること、ハルの歌をまた聴けること、その全部が俺の心を震わせるのだ。
達也
達也
ハル、大好き…
晴人
晴人
……俺も、達也くん大好き
ハルの声が脳に沁み入る。あの病気がなきゃ気づけなかった幸福が、今日も俺の心臓を満たしている。

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