ある日、フィシにまた今度とある場所へ行こうと誘われた。
どうやら、海中にその場所はあるようだった。
だが、海中トンネルが開通しており、家からも近いため、行くのは容易であった。
フィシに道案内してもらい、トンネルに差し掛かった。
「大丈夫なはず」そうフィシは翻訳機に入力した。
数分歩くと、フィシの歌声が聴こえてきた。
だが、確実にこれはフィシの歌声だ。
そう気付くと、ボクは頬を赤らめてしまった。
フィシが少し笑った。でも、どこか悲しそうだった。
そのとき、この世界に来たすぐのことを思い出す。
ショッピングモールでイベントが開催されていた、あの歌手さん。
NEICHEL。彼女の歌声でもある……ような気がする。
そういえば彼女のイベントのとき、フィシを見なかったな……。
用を足した後色々買い物をしたいと言っていたような気もする。だから、途中で会ってもおかしくはない。
だが、会わなかった。
それに、流れる歌をよく聴くと、フィシの作っていた曲とどこか似ている。
もしや、NEICHELとフィシは同一人物なのか……?
さらに、前に見た彼女の電撃引退の話題。
もしも彼女とフィシが同一人物ならば、あのタイミングの引退も理解できる。
いや、ただの考えすぎか。
歌声が似ている人なんて、世界を探せばいるはずだ。
どうやら、ここが目的地のようだ。
大量の方舟のようなものが並んでいる。いや、丸いから方舟ではないか。
その船に、多くの人が乗り込んでいる。アトラクションのようなものだろうか?
横を見ると、カウンターに職員さんが立っていた。
職員さんは二度見、いや五度見くらいする。
とりあえず翻訳機に入力する。
「詳しくはボクも詳しくなくて、この方に行こうと言われて来ました」
そう入力した。
少し弱気な職員さんは、そのまま話を続けた。
あー、そういえばテレビでなんかそういうニュースあったかもな。
なるほど。
フィシは少し戸惑いながら頷いた。
フィシは満面の笑みになった。
ずっと、このままでいたい。だが、ボクには他にも会わないといけない人がいる。
だから、進む。元の世界に戻れるように。罪を償いきれるように。
家に帰った。帰りの途中、ファストフードを買ってきた。
ハンバーガーとポテト、ジュース。あまりにもジャンキーである。
フィシが、ふとスマホを取り出した。
動画サービスを開く。そこには、「WELCOME TO THE NEW WORLD!」という曲が映し出されていた。
すると、フィシは何かを思いついたようで、フィシ自身の作業部屋と思しき場所へ走っていった。
咄嗟に、ボクもついていく。
パソコンには楽曲ソフトがついていた。すると、フィシは再生ボタンを押した。
流れてきたのはーー
トンネル内で聴いた、あの歌だった。
フィシが、翻訳機に何かを入力する。
「また今度アロさんに曲を作ってあげるね。食べ物はたくさん買ってきたから、少なくとも1年くらいは困らないと思うよ」
テレビをつけたが、砂嵐が吹き荒れているだけだった。
ファストフードを食べている途中、将来の話をすることになった。
食べ物はまだしも電気とか水道とかガスとかはどうするのかとか、2人だけでやっていけるのかどうかとか。そして、ボクはどうしたら元の世界に帰れるか。あとは、前に思い出した記憶の話もした。
そのとき、フィシが急にとあることを入力した。
「そういえば、アロさんって名前忘れてましたよね。せっかくなので、なにか新しくつけます?」
「せっかくなので、アロさんの使ってる言葉をもじるとかはどうでしょうか?」
「じゃあ、アロさんは素敵な人なので……素敵な場所って意味の言葉とかは?」
そのままだと、捻りがない。そういえば、あのトンネルにあった複数の船の中に、「ローア」という特別な船があるって聞いたな。ちょうど、ボクの記憶に出てきた船の名前と一緒だ。同一存在なのかはわからないが……。
思いがけない声による嬉しさで、視界がダイヤモンドみたいに煌めく。
ダイヤの乱反射の中で、フィシが熟したリンゴみたいに頬を染めて泣き笑いしていた。
混乱で、言葉が上手く出てこない。
だが、ココロの底にあったのは、喜びだった。単純な感情だったが、これが一番今の状況に合っていると思う。
翻訳機に、フィシが何かを入力した。見ると、そこに表示されていたのは。
「君だったんだね、マホロアは」
「ずっと探してたんだ、歌ってほしくて」














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!