春
桜がゆっくりと風に揺れていた
教室の窓から外を見る
校庭では後輩たちが笑いながら走っている
その光景を見ながら、音寧は少し微笑んだ
昔の自分なら
きっと泣いていた
病室の窓から見ていた景色
制服を着た生徒たち
楽しそうな声
校庭を走る姿
「私もあそこに行きたい」
毎日そう思っていた
でも
音寧は教室の中にいる
自分の席に座っている
それがどれだけ特別なことか、誰よりも知っていた
担任の先生が声をかける
少し前なら考えられなかった
歩くこと
階段を上ること
学校へ来ること
全部が夢みたいだった
でも今は違う
卒業証書を受け取る
先生の言葉に、音寧は深く頭を下げた
拍手が聞こえる
席へ戻りながら、音寧は窓の外を見た
青い空
あの日と同じ空だった
式が終わる
友達と写真を撮る
笑い合う
そんな会話が飛び交う
そして
音寧は一人で校舎の廊下を歩いた
向かった先は
職員室
コンコン。
ドアをノックする
職員室の奥で、葵が顔を上げた
もう授業中ではない
先生でもない
母親でもない
今はただ、大切な人だった
音寧は少し笑う
葵も笑った
二人で校舎を歩く
昇降口
音寧は立ち止まった
思い出す
初登校の日
ここで別れた
葵は職員室へ
自分は教室へ
あの日は緊張でいっぱいだった
でも今日は違う
音寧は少し考えてから言った
葵は首を傾げる
音寧は笑う
葵は何も言わなかった
ただ静かに聞いていた
音寧は続ける
葵が少し目を伏せる
風が吹く
桜の花びらが舞う
音寧は空を見上げた。
葵の目が少し潤む
長い沈黙
そして葵は小さく笑った
音寧も笑う
本当に
少しだけ
強くなれた気がした
校門へ向かう
初めて学校の前まで来て倒れた日もあった
走れなくて悔しかった日もあった
点滴を見て泣いた日もあった
それでも
諦めなかった
一歩ずつ
本当に少しずつ
前へ進んだ
校門の前で立ち止まる
音寧は振り返った
校舎
教室
職員室
全部が見える
そして最後に
空を見る
あの日
病室の窓から見ていた空
今は、その下に立っている
葵が言う
音寧は頷く
二人は歩き出した
もう窓の向こうじゃない
自分の足で
自分の人生を歩いていく
その背中を、春の風が優しく押していた












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!