#01[真剣な眼差し]
「あのさ、話があって…。」
淹れたてのホットミルクが入ったマグカップを指でそっとなぞりながら恐る恐る声をかけてきた。
「どうしたの急に。恋人でもできた?」
「そ、そんなんじゃないよっ」
あまりにも子犬のような顔で見つめてくるのでつい揶揄ってしまう。
そうすると自身の髪色と同じくらい顔を赤くするのでさらにいじめたくなるが、これ以上はやめておくことにしよう。
可愛い弟に嫌われたくないしね。
「はいはい。で、どうしたの?」
「俺、アイドルになるんだ!」
……アイドル
「………それはどうして?」
「実はこの間スカウトされたんだ。俺、歌うのが好きだから…………それに、【天にぃ】と同じ景色を見てみたくて…。」
「…。」
────
【天】
もう1人の私の可愛い弟。
そして目の前にいる【陸】の双子の兄である。
幼い頃、持病により激しい運動等が困難な陸は他の子供たちと同じように外で遊んだり出来ないので、天はいつも歌やダンスで陸を楽しませていた。
天は陸の為だけのアイドルだった。
今から約5年程前。
彼らが中学生になったばかりの頃、両親の経営する小さなショークラブが経営難になり、閉店に追い込まれた。
そして多額の借金を抱えた両親の前に芸能界に通じた1人の男性が現れる。
彼は借金を肩代わりする代わりに天を養子に欲しいと申し出た。
当時どのようなやり取りがあったかは私は知らないが両親は病弱な陸と私の大学進学の学費の為に天を養子に出すことを了承。
天本人もショービジネスの勉強がしたいと家を出て彼について行った。
それから3年後、天はアイドルグループのセンターとして日本で芸能界デビューを果たし、ステージで歌っている。
TVで見るあの子はいつでもキラキラしていて、完璧なパフォーマンスで多くのファンを魅力している。
とはいえ我が家では天がTVに映る度に複雑な心情になった。
陸に至っては天が「家族を捨てて出て行った」と思っている。
自分を置いてあっさり出て行かれたことが余程ショックだったのだろう、時々天がTVに出ているとムスッとしながらチャンネルを変えていた。
────
…同じ景色を見てみたい、か。
「身体のことは大丈夫だよ!昔より丈夫になったし、自分のことは自分で出来るよ!」
普段ほんわかとした雰囲気の彼にしては珍しく、真剣な面持ちで
くりっとした赤い瞳は真っ直ぐこちらを見つめていた。
本気なんだろうな…。
「絶対周りの人に迷惑かけたりしないから「───いいよ。」
っえ。」
「いいよ、姉ちゃんは応援する。」
「ほ、本当?」
まさか許してもらえると思わなかったのか、真剣な表情から一気にぱぁっと明るくなり瞳をキラキラさせた。
「その代わり、姉ちゃんと約束して。何か困ったことがあったらすぐ相談すること、体調管理はもちろん、陸の心も大事にすること。」
正直いうと病気のことが心配だ。
アイドルなんて歌って踊って激しく動くし、芸能界の裏の薄汚さとか心無いアンチからの誹謗中傷を受ける等ストレスの多い職業だから陸の身体には負担が大きい。
でも、陸の真剣な表情を見ると心配よりも応援したい気持ちが勝った。
それに陸の挑戦したいという気持ちを大事にしたい。
体は元気でも心が泣いていては不健康だから。
「うん!約束する!」
「よし、じゃあまずは父さんと母さんを説得ね!」
そうして私はその日のうちに陸と共に実家に帰り、両親の説得に成功。
我が家からまた1人、アイドルが誕生する。
────
あれから数週間後。
陸は小鳥遊プロダクションという芸能事務所に所属し陸を含む7人のアイドルグループ【IDOLiSH7】のメンバーとして活動することが決まったらしく、近々初LIVEを行うらしい。
キャパ3000人の野外ステージだ。
まだインディーズだと聞いてはいたけど、いきなりそんな規模でやって大丈夫かしら。
とはいえ可愛い弟の初LIVE、姉として応援しに行きたい。
本人は恥ずかしいのか「来て欲しい」なんて言ってくれないので当日こっそり見に行こうと思う。
「ペンライト……いるよね」
物販があるかどうかもわからないので一旦予備を準備しておこう。
当日がとても楽しみだ。
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LIVE当日。
広々とした会場の観客席には人で埋めつくされて………………おらず、がらんとしていた。
その中でぽつぽつ、と私以外に8人程お客さんがいる。
初手からこんな感じでショックを受けるかもしれない、せめて私なりに精一杯ペンライトを振ってあげよう。
陸は赤だったよね、なんて考えていると開演時刻となった。
七色の光が輝く演出と共に7人の男の子たちが登場する。
「Shaking your heart (Say!)」
元気良く歌い出し、テンポの良い音楽に合わせて踊り出す。
「凄い……」
陸が歌が上手なことはもちろん知っていた。
だけどステージの上で歌う姿を見ると、言葉に表すのは難しいけれど、何か惹き込まれるような感覚になった。
それに他のメンバーもレベルが高い。
完璧さや表現力、エネルギッシュさや優雅さ等それぞれ魅力があってそれが上手く1つになっている。
誰からも目が離せない。
「褪せない GENERATiONを 君と」
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無事にLIVEが終了し、他のお客さんもそれぞれ帰り出す。
持ち歌が少ないのもあるのか、短めのLIVEであったが凄く楽しめた。
近い将来彼らはきっとその名を馳せるだろう。
しかしこれからも活動していく上で1つ懸念が残る。
そう、陸の病気だ。
今日は短い時間だったけど今後フルでやることになるとしたら。
「せめて2時間くらいは持たせないと…。」
LIVEは楽しい、ファンに直接会って最高な時間を一緒に過ごせる。
でも体力はかなり消費する。
陸はこの先どうするのだろう、事務所にはきちんと話してあるのだろうか。
「…やっぱり心配!」
まだ姉ちゃん、弟離れ出来そうにないです。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。