第2話

One 深窓の姫君
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2020/07/19 01:18
遡ること数時間前。
授業終了を告げる鐘が鳴り響き、放課後になった途端に私の席の周りに女子生徒が集まり出した。
桃園 えりか
旭くーんっ! 放課後あたしとカラオケ行こ!
女子生徒
ちょっと、白嶺くんは私とデートなんだけど?
女子生徒
いやいや、私でしょ?
白嶺 旭
まあまあ、皆落ち着いて。
いつも通りの口論を軽く宥め、私は立ち上がる。
“アイツ”に呼び出されているのだ。
女子からの誘いを断る言い訳としては優秀だけれど、アイツとの話は常に長引くから面倒で仕方がない。
にっこりと彼女らに微笑むと、「生徒会室に用事があるんだ」とだけ言って教室を立ち去る。

そんな私の後ろ姿さえも拝むような目で見られてしまうから、彼女らの謎の信仰心にも困り物だ。






この学園の生徒会室は、旧校舎の3階突き当りにある。
古臭い木の匂いが鼻孔をくすぐる。
日の当たらない陰気な場所にあるからか生徒はあまり立ち寄らず、役員の中でも在中しているのはアイツぐらいだ。

深呼吸をする。
ドアをノックすると、「入れ」とだけ無愛想な返事が返ってきた。
青瀬 千裕
よく来たな、学園の王子様さん。
白嶺 旭
いい加減にその言い方は辞めてくれない? 特大の皮肉としかとれないんだけど。
青瀬 千裕
そうとってくれて構わない。
重厚そうな椅子の上に座る短髪の青年は表情一つ変えずに皮肉をぶつけてくる。

青瀬あおせ 千裕ちひろ
こんな奴でも一応幼馴染で互いの家族と親交があるわけだから、下手に機嫌を損ねさせでもすれば家族からの厳しい責め苦が待っている。
特に母は千裕のことを気に入っている。昔から外面だけは良いやつだ。
白嶺 旭
…で、今日は何なの? まさか書類さばきを手伝えとか言わないよね?
切れ長の瞳が一瞬私を映す。
しかしそれも束の間で、その視線はまた書類に移された。
青瀬 千裕
まさかそんな訳無いだろう。お前に相談があってな。
白嶺 旭
ふーん、何?
ここまでは想定内だ。
千裕が私を呼び出す時は大抵、何らかの頼み事がある時。
それもかなり厄介なものを寄越してくる。
これから起こるであろう面倒事を想起し、私は嘆息した。
青瀬 千裕
最近、この辺りに不審者が多く出没しているそうだ。
近隣で放火事件も起きているそうで、同一人物の仕業ではないかと言われている。
白嶺 旭
それで、私にそいつを何とかしろと?
青瀬 千裕
流石にそんなことを言ったりしない。
ただ、我が学園の生徒を守れば良いだけだ。
私にしてみればどちらにしろ大差無い気もするが、仕方がない。
それを口実に女子からのお誘いを断れるんだったらこちら側にも一応利得はある。
白嶺 旭
…分かったよ。
青瀬 千裕
それでこそ王子の器だな。
珍しく笑ってみせる千裕の姿に、咄嗟に目を逸らす。
私以外の女子だったら、卒倒しているだろう。
幼い頃からこいつの免疫を持ってて良かった、なんてほっと胸をなでおろすと、千裕が怪訝そうな顔をする。
青瀬 千裕
そういえば、例の転校生とはもう会ったのか?
白嶺 旭
ああ、“姫”のことか。
時期外れの転校生で、通称学園の姫。
転校そうそう男子生徒数十名の心を射止めたとか。
とにかく美少女だというのは話に聞いているが、実際に会ったことは一度もない。
青瀬 千裕
てっきり王子と姫で親近感でも湧いているのかと思ったんだがな。
白嶺 旭
あのさ、千裕は私をなんだと思ってるの?
青瀬 千裕
女たらし。
ここ最近日に日に千裕の私への扱いがぞんざいになってきている気がする。
怒りをギリギリのところで堪え、笑顔を作る。
白嶺 旭
これでも私は異性愛者ヘテロセクシャルなんだけれど? 女の子らが取り巻いて来るのも彼女らの意思であって、実際のところ何もしていないし。
彼女らが勝手に付きまとってくるのは本当のことだ。
王子として持て囃されるのも、正直苦労が耐えない。
それに関しては姫も同じなんだろうか。

私は目を閉じ、まだ見ぬ姫に思いを馳せた。

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