遡ること数時間前。
授業終了を告げる鐘が鳴り響き、放課後になった途端に私の席の周りに女子生徒が集まり出した。
いつも通りの口論を軽く宥め、私は立ち上がる。
“アイツ”に呼び出されているのだ。
女子からの誘いを断る言い訳としては優秀だけれど、アイツとの話は常に長引くから面倒で仕方がない。
にっこりと彼女らに微笑むと、「生徒会室に用事があるんだ」とだけ言って教室を立ち去る。
そんな私の後ろ姿さえも拝むような目で見られてしまうから、彼女らの謎の信仰心にも困り物だ。
この学園の生徒会室は、旧校舎の3階突き当りにある。
古臭い木の匂いが鼻孔をくすぐる。
日の当たらない陰気な場所にあるからか生徒はあまり立ち寄らず、役員の中でも在中しているのはアイツぐらいだ。
深呼吸をする。
ドアをノックすると、「入れ」とだけ無愛想な返事が返ってきた。
重厚そうな椅子の上に座る短髪の青年は表情一つ変えずに皮肉をぶつけてくる。
青瀬 千裕。
こんな奴でも一応幼馴染で互いの家族と親交があるわけだから、下手に機嫌を損ねさせでもすれば家族からの厳しい責め苦が待っている。
特に母は千裕のことを気に入っている。昔から外面だけは良いやつだ。
切れ長の瞳が一瞬私を映す。
しかしそれも束の間で、その視線はまた書類に移された。
ここまでは想定内だ。
千裕が私を呼び出す時は大抵、何らかの頼み事がある時。
それもかなり厄介なものを寄越してくる。
これから起こるであろう面倒事を想起し、私は嘆息した。
私にしてみればどちらにしろ大差無い気もするが、仕方がない。
それを口実に女子からのお誘いを断れるんだったらこちら側にも一応利得はある。
珍しく笑ってみせる千裕の姿に、咄嗟に目を逸らす。
私以外の女子だったら、卒倒しているだろう。
幼い頃からこいつの免疫を持ってて良かった、なんてほっと胸をなでおろすと、千裕が怪訝そうな顔をする。
時期外れの転校生で、通称学園の姫。
転校そうそう男子生徒数十名の心を射止めたとか。
とにかく美少女だというのは話に聞いているが、実際に会ったことは一度もない。
ここ最近日に日に千裕の私への扱いがぞんざいになってきている気がする。
怒りをギリギリのところで堪え、笑顔を作る。
彼女らが勝手に付きまとってくるのは本当のことだ。
王子として持て囃されるのも、正直苦労が耐えない。
それに関しては姫も同じなんだろうか。
私は目を閉じ、まだ見ぬ姫に思いを馳せた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。