〈mark side〉
ヘチャンが帰ったあと、俺は途端に冷静になった。
勢い余って倒したテーブルを元に戻し、
飲んでしまった血液パックを処理する。
額にはまだびっしり汗をかいていた。
近くにあったタオルを持って水道に駆け寄り、
目を覚ますようにバシャバシャと冷水で顔を洗う。
と、その時、
屈託のないチソンの声にハッとした。
見るとコンビニの袋のようなものを提げている。
俺の様子に気づいたのか、チソンが訝しげな顔をした。
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
チソンが怪訝な顔をしたあと、
俺の耳元で「バレた…?」と小さく囁やいた。
あ、と小さく声を上げるチソン。
途端に惜しむような顔をしながら、
あちゃー…というふうにおでこに手を当てた。
チソンは袋からペットボトルの水を取り出し、
あげる、と俺のほうに投げてよこした。
実験器具が並ぶテーブルの空いたスペースに
チソンが買ってきた夜食を並べていく。
チソンがお湯を入れたラーメンを俺の方に差し出す。
いい、と断るとチソンはそのまま勢いよく食べ始めた。
チソンは何も知らない。
というか、絶対に言えない。
ヘチャンが訪れたものの数分で、
俺たちが怒鳴り合うほどの大喧嘩をしたことを。
ヘチャンの「俺だけ死ねっていうの?」という言葉。
そんなこと思ったことは、ただの一度だってない。
それでもあの時、俺はヘチャンを深く傷つけてしまった。
今更ながら深い後悔が俺を襲う。
あんな馬鹿げた実験、やらなきゃよかった…。
チソンの声にまたもドクンと心臓が跳ねる。
それを見たチソンが小さくごめん、と呟いた。
チソンがこくんと頷くも、
次に発した言葉に俺は固まった。
俺の足元に風俗嬢が座り込み、
硬くなったモノを舐めている。
風俗嬢の後頭部に手を這わせ、
口を聞けないくらい深く押し込む。
案の定苦しそうに ゲホ、とむせた。
そのまま びゅる…と欲を吐き出す。
俺にとっての性行為はここまでしかできない。
脚が不自由なせいでまともにしたことがないのだ。
口内の精子をティッシュに包む彼女に、
ゴミ箱を向けながら俺は問いかける。
帰りの支度をするその風俗嬢は、
立ち姿や顔のパーツがあなたヌナにそっくりだった。
だからかれこれ3年ほど彼女を指名し続けている。
…性格は、ヌナと比べ物にならないくらい汚いけど。
慣れた仲ならではの適当な返事をして、
用心棒たちをもろともせず出ていく女。
脇に立っている用心棒の目線は、
彼女の胸や尻に熱く注がれていた。
俺と付き合ってください。
−お金持ってるからいいよ。
なんて醜いやり取りなんだろう。
財力がすべての関係なんて欲しくない。
俺はただ、あなたヌナみたいな…。
そう思いかけて首を横に振った。
ヌナが自分の恋人だったら…
それならどんなに良いだろうか。
でも俺はそれが叶わないことを知ってる。
マークヒョンとヌナは知らないだけで、
2人ともお互いを大切に思ってるから。
だからこの気持ちは絶対に表に出してはいけない。
俺が…ずっとあなたヌナに恋していること。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。