第18話

【3話】全ての始まり
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2026/03/03 14:00 更新



 深夜2時、深く吐いた息が白く曇り、空気に散っていく。とても寒い冬の夜だった。こんな夜更けに1人で外に出るだなんて初めての経験だ。当時齢15歳で、深夜帯の外出に慣れていない私は引き返そうか何度も迷った。

 でも、大事なことがあったんだ。私のおばあちゃんの宝石が盗まれたのだ。



 宝石が盗まれたと気付いたのはつい先程。普段は深夜に目が覚めることもなくぐっすり眠れるのだけれど、今日はなぜか、あれだけ仲の良かったバセと喧嘩__普段から喧嘩はするが、今回見た夢は洒落にならないような絶好レベルの大喧嘩だった__をする夢を見て飛び起きてしまった。

 それだけならまだ良かったのに、なんとなく嫌な予感が残り続けていて、なかなか眠ることができなかった。おばあちゃんにダイヤモンドを見せてもらった時から感じていた胸騒ぎが、何かしらの大きな出来事が、すぐ目の前に差し迫っているかのような感覚だった。

 眠ろうにもなかなか眠れなくて、気休めにホームズの本でも読もうと本棚へと手を伸ばした瞬間、かたん、と、家鳴りにしては不自然な音がした。何だろうと思ってリビングへと足を運んだら、おばあちゃんのダイヤモンドへと手を伸ばす不審者と目が遭ったのだ。



 そしてそのまま家の外へと逃走する泥棒を追いかけて今へと至る。おばあちゃんの寝室から特に音はしなかったから、恐らくおばあちゃんはそのまま寝ていることだろう。冷静になって考えてみると、おばあちゃんを起こす、警察に通報する、など手段は沢山あったはずだが、そんな対応を悠長に取っていたら家に侵入してきた泥棒をみすみす見逃すことになってしまう。今の私には目の前の泥棒を追いかけることしか考えられなかった。

 なかなかの距離を走り続けているが、泥棒のことは見失わずに済んでいた。なんやかんやで、街の隅から隅まで移動したりあちこち走り回ることは多かったから、その効果があったのだろう。その経験と体力がこの時ばかりはありがたかった。
 泥棒はそのまま入り組んだ路地裏の方へと走っていった。普段行くことの無い場所だ。だがそんな理由で踏み留まっている場合ではない。私は迷わず歩を進めた。


「あれ?」

 泥棒を見つけられないまま行き止まりに行き着いてしまった。左右に分かれる小道も無かったから、小道から逃走したということも考えられない。


「どこ……?」

 心臓が早鐘のように打つ。どこに行ったのだろう、と逡巡した瞬間、背後から僅かな砂利の音が聞こえた。しまった。顔全体から全ての血が引いていくような、それでいて顔が熱いような、不思議な感覚に陥る。手が震えている。心臓がうるさい。

 慌てて振り向くと、そこには黒い影があった。泥棒はすぐ目の前。
 拳が振り上げられた。足がすくむ。避けられない。

 痛みを覚悟して思わず目を瞑ったその瞬間。


「こんなところで可愛らしい少女に暴力だなんて……感心できないね」

 どこからともなく、低く落ち着いた大人の女性の声が聞こえた。そっと目を開く。眼前には、黒いマントで全身を覆った大人の女性が立っていた。頭には大きな黒色のシルクハット。目元に付けている仮面は、月明かりを反射して輝いていた。まるで怪盗のような姿だった。

 その女性__とりあえずは「怪盗」と呼ぶことにする__は泥棒の振り上げた拳を片手で受け止めている。泥棒は悔しそうな顔で拳に力を込めるも、怪盗はものともしない涼しい顔でいた。暫しの間力の均衡が続いていたが、怪盗がふと左足を振り上げ、泥棒の腰元に大きなキックを入れる。泥棒はその勢いのまま吹き飛ばされ、地面に転がった。暫く痛そうに震えていたものの、のろのろと立ち上がり始め、最終的にはだっと走り始め、どこかへ逃げてしまった。


 私に危害を与えてきた泥棒がいなくなってくれたことに一瞬安堵しそうになったものの、あの泥棒はおばあちゃんのダイヤモンドを持っていたということを思い出す。再度走り出そうとしたが、怪盗に抑えられた。力が強い。


「と、止めないでください! あの泥棒は、私のおばあちゃんの宝石を持って__」

「ああ、これのことかい?」

 余裕のありそうな声と共に怪盗の左手の中から、ダイヤモンドが出てきた。この特別な輝き。どう考えてもおばあちゃんのダイヤモンドそのものだった。

「どうしてこれを……」

「どうしてもこうしても、あの泥棒、隙まみれだったからね。手品を嗜んでる私にとっては、ひょいと盗むことくらい、軽いものだよ」

 そう呟きながら目の前の怪盗は、右手から薔薇の花を取り出してみせる。手品のことはよく分からないが、怪盗の手品の技術がとんでもないことだけは分かった。

 回答はダイヤモンドと今現在現れた薔薇を私の手のひらにぽん、と置いた後、私の肩をがっと掴んできた。相変わらず力が強いし何より距離が近い。ただでさえ今現在何が起こっているのか分からないのに、怪盗は私を更に困惑させる言葉を告げてきた。


「ところで君、怪盗にならないかい?」


「…………へ?」

 深夜2時半、イギリスの路地裏で。月明かりの下、私の唖然とした声が響き渡った。

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