前の話
一覧へ
次の話

第1話

幼なじみくんは甘えたい。
3,095
2020/06/29 03:08
佐藤まどか
ちょ……っと、も……、だから、学校じゃダメだってば
汐夜ソウ
無理。……我慢できない
佐藤まどか
いた……っ! やだ……
高校の校舎二階、空き教室。
今は、三時間目の授業中。
幼なじみのソウとコソコソと密会している私は、首元に噛み付く彼の体を、たまらず強く押し返した。
佐藤まどか
もう! 嫌だって言ってるでしょ! 痛いんだってば!
やっと離れたソウは、不満げに口元を自身の指で拭う。
そこには、真っ赤な鮮血が付いている。
およそ人には似つかわしくない彼の大きな犬歯は、スッと人並みのサイズに戻っていった。
汐夜ソウ
あー、もう、まどかが押したから、牙なくなっちゃったじゃん。まだ足りなかったのに
佐藤まどか
今朝も充分吸ったでしょ。牙がおさまったなら、もう今日は終わり! 誰かに見つかったらどうするの?
汐夜ソウ
大丈夫だって。三時間目にここを使うクラスはないって、調査済みなんだから
佐藤まどか
そんなくだらないこと調べないでよ。きっと私たちだけだよ、三時間目ばっかりサボってるの
汐夜ソウ
そうかな? 保健室とかにもいると思うけどな
佐藤まどか
何言ってるの、そんな人、いたら先生にバレるでしょ
このどうしようもない私の幼なじみは、やっかいなことに、『ヴァンパイア症候群』を発症している。
ソウがこうなったのは、今から三年前、私たちが中学二年の時だった。
犬歯が大きくなると、異性の血を吸いたい衝動に駆られてしまい、実際に血を吸うまで治まらないらしい。
母親も彼女もいないソウには、頼れる相手が幼なじみの私しかいなかった。
何がきっかけでそうなるのか、分からない。
だから、そばを離れるわけにはいかない。
佐藤まどか
チャイム鳴ったね。教室戻ろう。あー……、今日はどんな言い訳にしようかな……。私たち、いつもふたりでいなくなるから、結構怪しまれてるんだよ
汐夜ソウ
へー
佐藤まどか
へー、じゃないの。他人事じゃないでしょ。ソウも早く彼女作って、彼女の血をもらったほうがいいよ。モテるくせに。知ってるんだからね、いっぱい告られてるの
汐夜ソウ
その子たち、誰も好きになれそうにないし。全部断った
佐藤まどか
うわ、信じらんない。三上さんとかもいたよね。あの子、男子にめっちゃ人気あるんだよ。もったいなぁ……
汐夜ソウ
ていうか、普通の女の子は引くでしょ。血を吸わせてくださいとかって言われたら
佐藤まどか
そんなことないよ。だって、私は気にしなかったもん。それに、いつもソウのそばにいたら、私だって彼氏できないじゃない
汐夜ソウ
それはよかった
佐藤まどか
え? 何か言った?
返事が聞こえなくて、空き教室の扉を開けながら、振り向く。
そこには、ニコニコと笑顔のソウがいた。
汐夜ソウ
あー、ショックだなー。まどかが、俺から解放されたがってるなんて。U16症候群って一生治らないから、俺、まどかが助けてくれなかったら、死んじゃう
佐藤まどか
ひ、人聞き悪いなあ。死にはしないでしょ。牙は出っぱなしになっちゃうだろうけど。ソウに彼女ができるまでは、私がそばにいるってば
汐夜ソウ
約束?
佐藤まどか
うん、約束
その言葉に気を良くしたのか、廊下を歩きながらソウは後ろから抱きついてきた。
佐藤まどか
わ、もう、重い!
汐夜ソウ
ねえ、まどか知ってる? U16症候群って、自分で症状をコントロールできるものもあるんだってさ
佐藤まどか
そうなの? 一生治らないなんて言っても、それなら治ったようなものだよね。ソウも、それならよかったのにね
汐夜ソウ
だねー
佐藤まどか
ソウの場合は、何がきっかけで症状がでるのか分からないのが一番辛いもんね。いつも偶然私がそばにいる時に発症してるから、まだいいけど
汐夜ソウ
うん
私がこんなに真剣に考えているのに、当の本人はのんきそう。
普通は、逆だと思うんだけど。
佐藤まどか
ちゃんと聞いてる?
汐夜ソウ
いいんだよ、俺は。だって、まどかがいるからさ
佐藤まどか
だから、それじゃダメだって言ってるのに
相変わらずニコニコと笑う幼なじみは、私に抱きつく力をギュッと強めて、口元で笑った。

プリ小説オーディオドラマ