第38話

好きな気持ちは負けへんで!
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2024/02/01 12:00 更新
昼下がりの屋上、見渡す限りの青い空。
今日もこうして氷雨と2人、ランチタイムを過ごせる事に幸せを感じる。
氷雨の為に多めに詰めてきたタコさんウインナーを差し出すと喜んで手を伸ばし、とびきりの笑顔でモグモグと頬張る。
俺はこの笑顔が見たくて毎朝早起きをして弁当を作るのだ。
氷雨
はっすん、昨日はバレンタインの意味教えてくれてありがとう。美影君にごめんねって話したら分かってもらえたよ
大橋
大事にならんで良かったなぁ。これからは誤解されんように気ぃつけなあかんで
氷雨
うん。それでね、僕、先輩にチョコあげようと思うんだ
氷雨は口の端にご飯粒をつけたまま、きりっとした顔つきで俺に言った。
大橋
ええやん、喜ぶんちゃう?
氷雨
それでね、もしかしたら先輩、他の人からチョコもらうかもしれないでしょ?だからライバルに負けないように先輩好みのチョコをあげたいんだ
大橋
へ、へぇ〜…
もしかしたら…?
この言葉に隠されている意味は何なのか。
氷雨の中では先輩はそれほどチョコをもらうイメージは無いのだろうか。
氷雨
だからね、はっすんにチョコの作り方を教えて欲しいんだ
大橋
手作り!?
氷雨
だめ…?
大橋
だめな訳無いやん。ええよ、先輩好みの作ろ
氷雨
はっすん、ありがとう!
まさかの手作り…。
かなり気合が入っているようだ。
大橋
先輩ってどんなの作ったら喜ぶんやろうなぁ。まぁ、氷雨にもらったらなんでも嬉しいやろうけど
氷雨
今から先輩に聞いてくる!
氷雨は、すくっと立ち上がった。
俺は座ったまま闘志に燃えた勇敢な姿を見上げていると、彼の視線がこちらにおりてきた。
氷雨
はっすんも一緒に来てくれる?聞き込み調査
大橋
分かった
俺も意を決した顔つきで頷いたあと、氷雨の口に付いたご飯つぷを取り戦場に向かった。

氷雨を先頭にして先輩の教室に向かう。
まだ見ぬ敵に勘付かれてはいけないからとの理由でなるべく足音を立てず隠れるように歩を進める。
いきなり先輩に気付かれてはいけないとの事で、彼はそっと教室を覗く。
俺は後ろで息を潜めて見守る。
美影
氷雨君、何してるの?
後ろを振り向くと立っていたのは隣りのクラスの美影君だった。
そういう美影君こそ3年のフロアで何をしているのだろうか。
氷雨
あっ、美影君?えっとね、用事があって。美影君は何してるの?
美影
俺は氷雨君のあとをつけて来ただけだよ、気にしないで
氷雨
あっそうか、ごめんごめん
氷雨は何故か美影君に謝り納得するとまた静かに教室を覗いた。
つけてきただけって何?
えっ、美影君ってストーカー…?
穿地
あれっ、氷雨君?そんなとこでどうしたの?
俺達の不審な行動に気付いた穿地先輩が不思議そうに問いかける。
あ、バレちゃったと照れながら氷雨が教室に入った。
窓際の1番後ろの席の御殿場先輩が氷雨に視線を向け、先輩の前の席に座る京本先輩もこちらに体を向ける。
倒理
昼休みに来るなんて珍しいな。何かあったのか?
氷雨
えへへ…
京本
片無君、立ってないで俺の膝の上に座りなよ
氷雨
大丈夫です
小さく首を横に振る氷雨。
ストーカーの次はセクハラ?
氷雨はみんなに狙われてるんか?
穿地
受験でピリピリしてる所に癒されるなぁ、可愛い子達が来てくれて
京本
もしかして俺達が明日受験だからみんなで応援しに来てくれたの?
氷雨
えっ明日受験?あっ、そうです、応援しに来たんです
そうだったのか…この慌てぶり、氷雨も知らなかったと見える。
しかし、この流れでどうやって先輩のチョコの好みを聞けばいいのやら…。
何かきっかけになるものはないかと御殿場先輩の周辺をくまなく目で探る。
まずは机の上に置かれているタンブラーが気になった。
大橋
先輩、何飲んでるんですか?
倒理
白湯さゆ
意外な答えだった。
ご主人様が白湯男子だったとは。
もしかしたら健康志向なのかもしれない。
大橋
いま流行ってますよね、内臓が温まるって。普段の食事も体に優しいものが多いですか?
京本
御殿場、辛い食べ物も好きなんだよな。夏でもガンガンに冷房かけてキムチ鍋食べてんの
穿地
白いご飯に七味唐辛子を大量にかけて食べてるのも見たことあるぞ
倒理
いいだろ別に
氷雨
先輩、辛いのが好きなんですね。かっこいい
氷雨が有難うと言わんばかりに俺に目配せをする。
えっこれチョコ作りに有力な情報なんかな?
京本
片無君は好きな食べ物ある?なんだかんだ言って俺かな?
美影
だめですよ、そんな冗談。氷雨君は好きな人がいるんですから
京本
必ず俺は振り向かせてみせる。だって俺は片無君の好きな所100個言える
美影
そんなの俺はその倍の倍の倍言えますよ
大橋
俺は限りなく言えます
穿地
好きな所しかない
バチバチと火花が散る音がする。
穏やかな空気は一転、そういえば我々はライバルなのだ。
俺だって氷雨の事大好きなんやから!
みんな負けたくない気持ちは同じで、誰が1番氷雨を好きか勝負しようという事になった。
氷雨
あ…あ…
京本
じゃあ順番に好きな所1つずつ言っていこうぜ。まず俺からね。フリルのエプロン似合うとこ〜
美影
どういう事ですか?氷雨君、京本先輩にエプロン姿見せたんですか?
京本
そうだよ。俺の為にパフェも作ってくれたんだよね〜
ニヤけながら氷雨の顔を覗き込む京本先輩に刺激された美影君が騒ぎ始めた所で昼休憩が終わるチャイムが鳴った。
そういえば肝心な御殿場先輩をメンバーに入れるのを忘れていた。
ふと御殿場先輩を見ると黙ったまま眉間にシワを寄せ、刺さるような冷たい視線を我々に向けていた。
氷雨
皆さん、明日の試験頑張ってください
氷雨はペコリと頭を下げると俺の手を掴んで走って教室を出た。
氷雨
はっすん、ありがとう。これでライバルに差をつけられそうだよ
チョコ作りのヒントを得たらしい氷雨は不敵な笑みを浮かべた。
息を切らしながら走る彼の表情はどこか自信に溢れていた。
先生に用事を頼まれて手伝っていたら帰るのが遅くなってしまった。
明日は先輩が受験の日で会えないから今日は一緒に帰りたかったな、と思いながら下駄箱から靴を取り出していると後ろの方でも下駄箱を開ける音がして人の気配を感じた。
靴を履き顔を上げると先輩が歩いているのが見えて思わずあっと声をあげた。
さっき聞こえた音は先輩だったようだ。
氷雨
先輩!
倒理
氷雨?まだ学校に居たのかよ
氷雨
はいっ、先生のお手伝いしてて
倒理
おまえも色々大変だな。もう遅いし家まで送るよ
良かったぁ…受験の応援、メールで伝えようかと思ってたけど今会えたから直接言える。

先輩辛いものが好きなんですね、なんてあたり触りのない会話をしながら感情を刺激しないように歩く。
試験を受ける本人よりも、なんだか僕の方が緊張しているみたい。
家の前に着くと、いよいよ先輩にエールを送る。
いつも僕を送り届けるとすぐに帰ろうとするので、歩き始めるその前に、先輩と向かい合うように立ち両手を掴んで引き留めた。
氷雨
先輩、明日頑張ってください
僕は先輩の両手をぎゅっと握り、応援本気モードの顔で先輩を見つめた。
倒理
うん
よしっ、次は本気の応援ミッションその2だ。
氷雨
ん…ん…っ
僕は目を瞑って背伸びをし、先輩の顔に近付いた。
唇に触れたいけどあと少しで届かず踵を上げて背伸びを繰り返す。
倒理
何してんのおまえ
氷雨
頑張ってくださいのちゅーしようと思って…
必死に近付こうとする僕を見て先輩がクスッと笑う。
倒理
背が届かないのか
ちゅっ
倒理
ありがと
僕から頑張ってのちゅーをするハズだったけど、先輩が僕に唇を寄せて、頑張るよのちゅーをしてくれた。

あ、のせられてまた外でしちゃった、と呟きながら先輩は歩いて行った。

不意打ちのキスに顔が、カラダが熱くなる。
唇をそっと触りながら優しい感触を思い出す。
もっとミッション増やしておけば色んなコトが出来たかな、なんてちょっぴりよこしまな事を考えながら先輩の後ろ姿にエールを送った。

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