—————社長と、並んで電車に乗っている。
それだけのことなのに、
心臓の音がずっと落ち着かない。
人混みのせいか、距離は近くて。
僕は端に立っていて、社長はその隣。
そう言った声が、震えてないか自分で不安になる。
短く返ってきた声は、相変わらず落ち着いていた。
でも、そのすぐあと。
電車がぐらりと揺れて—————
社長の肩が、どんっと僕にぶつかってしまう。
反射的に社長の腕を掴んだ。
咄嗟に支えたせいで、
社長を抱き込むような形になってしまっていた。
揺れがおさまってから、
ようやくその事実に気がついて、さっと血の気が引く。
社長を、この距離で.........!
冷徹、と呼ばれるに相応しい普段のオーラを思い出して
慌てて身を引こうとした。
でも、僕の予想とは裏腹に、
社長は素直に寄りかかってきた。
そのまま、動けなくなる。
—————触れた肩から、社長の体温を感じた。
社長は普段通り、落ち着いているように見えた。
こっちはもう、
心臓が破裂しそうなのに、
そんな声まで、落ち着いている。
動揺した。
動こうにも動けなくなって、仕方なくその場に留まる。
電車が駅に着くまでの間が、やけに長く感じられた。
-
駅を出て、カフェに着いたのは、
それから少し経ってから。
白い外壁に、木の扉。
プリンとコーヒーが自慢の、落ち着いた小さなカフェ。
窓際のカウンター席に、並んで座ると、
社長がメニューを眺めながら小さく呟いた。
そこには、定番のプリンが。
自家製カラメルと、こだわりの舌触りの濃厚タイプ。
言い終える前に即決していて、
ちょっとだけ笑ってしまいそうになる。
—————本当に、プリンが好きなんだ。
やがてプリンが運ばれてくると、
社長はスプーンを手に取り、
静かに一口、口へ運んだ。
それだけの言葉なのに、
その表情は、いつもよりほんの少し、柔らかくて。
こんな表情、会社では絶対に見られないだろう。
一緒に電車に乗って、
カフェで好きなものを食べ、
笑っている顔を、隣で見る。
そんな当たり前のことが、
すごく、特別に感じられて。
言い訳する声が、どうしても裏返ってしまう。
社長は、それ以上は何も言わなかったけれど
どこか、口元がほんの少しだけ緩んでいる気がした。
本当にやめてほしい。
こんなんじゃ、心臓がもたない。
特に何かがあるわけでもないのに、
社長の近くにいるだけで、
僕の心臓はずっと、騒がしいままだった。
-
—————カフェでプリンを食べたあと
本当はそこで解散だったはずなのに、
社長の提案で、川沿いの遊歩道を歩いていた。
並んで歩く歩幅は、思ったよりも自然で。
そんなふうに社長がつぶやく声も、
会社では聞いたことのない、柔らかい響きがあった。
そう返しながら、
つい、その横顔を見てしまう。
髪が風に揺れて、小さく靡いている。
木漏れ日が降って、その輪郭を淡く縁取っていた。
表情は柔らかくて、
いつもよりずっと距離が近い。
見下ろすと、水面が日光を反射して、
キラキラと光っている。
そこに、白鳥が静かに降りてきた。
優雅な佇まいは、どこか社長を彷彿とさせる。
ぽつりと呟くと、隣で小さく頷く気配がした。
その一言に、心臓が変な動きをした。
変な意味じゃないはず。
ただ、この景色を気に入ってくださっただけ...
自惚れてはいけないと、自分を叱った。
しどろもどろになった僕を見て、
社長はふっと小さく笑った。
その横顔が、どこかいたずらっぽくて。
否定するために続けようとした言葉が
出てこなかった。
話を逸らすようにそう言ってみるも、
返ってきたのは、予想外の提案だった。
また、その甘い声。
彼に気づかれないように、小さく息を吸った。
自覚しているんだろうか。
そんな表情を見せられたら、......
......いや、
考えるのも失礼だと思って、慌てて頭を振る。
心なしか、
普段よりも嬉しそうな社長の表情を見つめながら、
僕は少しだけ浮ついていた。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。