<不死川side>
ザクザクと雪を踏み締めながら、竈門が真っ青な顔で雪の降りしきる中を歩いている。
その背中には気絶した竈門禰豆子が背負われていて、俺らはそれを少し離れたところで見ていた。
竈門が息を吐く度に、白いモヤのようなものが口元に漂う。
足跡も、降ってくる雪のせいでどんどんなくなっていた。
ふと、禰豆子の指がぴくりと動く。
そして、ズズズズズッと爪が長く鋭くなると、竈門禰豆子がガバリと身体を起こした。
白目を向いて、唸り声をあげる。
濁点の着いた唸り声を上げると、竈門禰豆子が「下ろせ」とばかりに暴れる。
竈門は驚いたように目を見開いて体勢を直そうとすると、雪で滑った。
そして、そのまま崖のようなところから落ち、ぼふんっと辺りに雪が舞った。
俺らもそれを追いかけて下に飛び降り、皆それぞれ華麗に着地する。
だが、思いっきり背中から落ちたであろう竈門は無事かどうかわからない。
俺が雪の中で目を凝らすと、竈門がゆっくりと上体を起こしているのが見えた。
キョロキョロと辺りを見渡し、竈門禰豆子がゆっくり歩いてきているのを見てハッとする。
その言葉を聞いて、竈門禰豆子はピタリと足を止め、そして、俯けていた顔を上げた。
その目は血走り、歯を剥き出して竈門に襲いかかった。
竈門は咄嗟に、腰にかけていた斧に手をかけて、竈門禰豆子にその持ち手を噛ませる。
だが、鬼になった竈門禰豆子の力に勝てるはずはなく。
そのままあっけなく押し倒された。
竈門の口が『ひとくいおに』と動く。
あの止めてくれた爺さんから言われたことを思い出したのだろう。
竈門禰豆子は、竈門を喰らわんと身体をどんどん大きくさせて大人の女の人のようになる。
力も強くなり、斧がギシギシと軋んだ。
ポロリ、と竈門の目から涙が溢れた。
泣きながら、竈門禰豆子に声をかける。
ボタリ、と竈門の頬に大粒の滴が零れた。
それは、竈門禰豆子の涙だった。
竈門の必死の言葉が、竈門禰豆子に届いたのだろうか。
竈門禰豆子はもう、斧を押したりしていなかった。
竈門が何かを言おうとした瞬間、何かが俺らの横を通り過ぎて行った。
黒髪長髪、白肌、派手な片身変わりの羽織。
あれは、、、過去の冨岡だった。
過去の冨岡は、相変わらずの無表情で駆けて行き、竈門禰豆子の首を斬らんと飛んだ。
だが、それにいち早く気がついた竈門が竈門禰豆子を庇うようにして横に転がった。
人がいるからと手加減していた過去の冨岡は、竈門の髪をざっくりと斬って着地した。
雪が舞って、白いモヤがかかる。
竈門は、突然やってきて己の妹を殺そうとした過去の冨岡を、信じられないという目で見ていた。
そして、そこには恐怖があった。
過去の冨岡のひやりとした声が響き、竈門はハッとしたように答えた。
過去の冨岡は暴れる竈門禰豆子を不愉快そうに見る。
『それ』とは、、、竈門禰豆子は過去の冨岡にとっては物かなにかのように言う。
軽く地面を蹴り、過去の冨岡は竈門兄妹に一瞬で寄り、竈門禰豆子だけを奪ってまた戻った。
柱の俺だから見えたことだが、竈門には何が起こったかわからないだろう。
竈門禰豆子の両腕が過去の冨岡によって拘束されているのを見て、立ち上がろうとする。
それを、過去の冨岡の静かだがよく通る声が静止した。
冷たく突き放すような言い方に、竈門は一瞬躊躇った。
だが、すぐに治る方法はないのか、と問う。
だがそれにも、過去の冨岡は「治らない」とバッサリ切り捨てた。
鬼になったら人間に戻ることはない、と。
すると、今度は竈門が、探す、と叫ぶようにして言った。
顔は、真っ青だった。
家族を殺したやつも見つけ出す、全部俺がちゃんとするから、だから、と。
竈門はそう言うと、過去の冨岡に向かって、地面に額をこすりつけた。
土下座だ。
過去の冨岡はそれを見て、初めて表情を変えた。
何かを重ねて見ているように目を見開き、それから、怒ったように眉を吊り上げ、目を見開く。
そして、一喝した。
難しいが、その真っ当な言葉に、竈門はビクリと肩を震わせる。
そんな様子が見えていないはずがないのに、過去の冨岡は怒鳴ることをやめない。
竈門が顔を上げて、過去の冨岡を呆然と見る。
過去の冨岡はそんな竈門を睨み返しながら、暴れる禰豆子を自分の元に引き寄せて強くその両手首を押さえる。
そう言って、過去の冨岡は剥き出しの青い刀身を、竈門に向けた。
過去の冨岡はそこまで一気に怒鳴り、そして、そこで言葉を止めた。
正論を述べた過去の冨岡の言葉が心のどこかに響いたのか、竈門の目から涙が零れる。
過去の冨岡は、竈門に刀を向けながら、少しだけ表情を緩めた。
ふいに、過去の冨岡が刀を下ろしたかと思うと、またそれを上げ、竈門禰豆子に向けた。
ハッとした竈門は「やめろ!!」と叫ぶ。
だがそれに構わず、過去の冨岡は刀で竈門禰豆子の心臓を貫いた。
竈門禰豆子が悲痛な声を上げる。
その時、竈門が地面にあった石を過去の冨岡に投げ、木の陰に隠れてまた投げる。
過去の冨岡はあっさりとそれを刀の柄で弾き返し、振り被って走ってきた竈門を見て顔を歪める。
そして、ドンッ、と物凄い音をさせて竈門の背中を突き、竈門を気絶させた。
だが、その状況を横から見ていた俺達は知っていた。
過去の冨岡に走り寄っていった竈門が、丸腰だということを。
斧がないことに気がついた過去の冨岡は少し視線を彷徨わせた後、上を向いて咄嗟に顔を横に傾ける。
過去の冨岡の髪が、少しだけ白い雪の上に舞い落ちた。
過去の冨岡が驚いたような顔でゆっくりと竈門を見下ろすと同時に、竈門禰豆子が動いた。
驚きで拘束が緩まっていたため、過去の冨岡を蹴って遠くに飛ばし、竈門に駆け寄る。
過去の冨岡は、しまったという顔をしたが、それはすぐに驚きに変わった。
そして、冨岡以外の俺らの表情もまた、驚きのものへと変化した。
竈門禰豆子が、気絶した竈門の前に庇うように出て、過去の冨岡を威嚇したからだ。
そして、過去の冨岡に飛びかかり、何度も爪で攻撃を仕掛ける。
過去の冨岡はもちろんそれを余裕でかわし、何を思ったのか刀を鞘に納めた。
そして、竈門禰豆子の首に手刀を叩き込み、竈門禰豆子をも気絶させる。
倒れた竈門禰豆子を担いで運び、どこかへ消えてまた帰ってきた時には、その手には竹があった。
その場に座り、刀と布の切れ端を使って口枷を手早く作ると、過去の冨岡はそれを竈門禰豆子に噛ませた。
更に、竈門禰豆子自ら落とした薄青の羽織を探しに行き、見つけて帰ってきて羽織らせる。
そして、倒れている竈門の近くに、竈門禰豆子を寝かせ直した。
竈門が起きるまで待っているつもりなのか、過去の冨岡は木に背中を預けて腕を組み、目を閉じる。
竈門が目を覚ましたのは、それから少ししてからだった。
ハッと目を覚まし、咄嗟にギュッと隣を掴む。
そこには過去の冨岡が竈門禰豆子に羽織らせた薄青の羽織があり、必然的に竈門が竈門禰豆子の羽織を掴んだようになった。
過去の冨岡が声をかけ、竈門がそれに反応して竈門禰豆子を抱き寄せる。
だが、その様子を見ても抜刀しない過去の冨岡を不思議に思ったのか、竈門が竈門禰豆子を抱擁する力を少し弱めた。
過去の冨岡はそう言うと、そのままシュンッとその場から姿を消した。
過去の冨岡がいた証拠である、竈門よりも少し大きい足跡を、竈門は呆然と見ていた。
揶揄うように言った胡蝶の言葉を丸っきり無視して、冨岡が目を逸らす。
その時、視界が白くなった。
まだ続くのか、現世に戻されるのか。
まだ続きそうな予感はしつつも、俺は戻されることを願って目を閉じた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。