カフェのカウンターでカップを拭きながら、あなたはふと昨夜の光景を思い返していた。
深夜。
大学の帰り道。
月明かりも届きにくい裏路地の端に、黒いパーカーの男性が座り込んでいた。
最初は酔っているのかと思った。
でも近づくと、服の袖は裂け、血が滴り落ちている。
呼びかけると、男性はゆっくり顔を上げた。
鋭い目、低い呼吸。
けれど意識はある。
低い声が、かすかに震えていた。
あなたがバッグから救急セットを取り出すと、男性──楽は眉をひそめた。
いつもの自分じゃ考えられないくらい強く言って、あなたは膝をついた。
袖をまくろうとすると、楽が手首をつかむ。
あなたの勢いに、楽は反論を諦めたように手を離す。
その仕草すら、痛みを堪えているのが分かった。
消毒液を吹きかけると、楽の肩がびくっと震えた。
あなたは手早く止血をして、包帯を巻く。
楽はじっと動かず、ただあなたの手元を見ていた。
そう言い切ったあなたを、楽は少しだけ目を見開いて見つめた。
そのあと、ほんのわずかに目を伏せる。
消え入りそうな声で。
それきり彼は力を抜いて座り込んだ。
あなたは現実に戻り、カップを棚に戻したところで──
カランと、ドアベルが鳴った。
瞬間、あなたの手が止まった。
カウンターの前に立っていたのは、昨日手当てしたあの男性。
黒いパーカーに無表情、張り詰めた気配だけはそのままだ。
安堵が胸に広がるものの、言葉が出ない。
そして楽の後ろに、二人の男が続いて入ってきた。
一人はスーツを着て、トナカイの被り物をしている男性。
もう一人は柔らかい笑みを浮かべている男で、ぱっと見は優しげなのに、どこか底が見えない。
店内の空気が一瞬で張り詰めた。
三人は並んでカウンターに来た。
柔らかい笑みの男が店内を見渡し、あなたに向かって言った。
無意識に丁寧な声が出てしまう。
スーツの男は店内の構造を観察するように目を動かし、静かに頷いた。
そして、昨日の男性──楽があなたをじっと見つめてきた。
あの鋭い目で。
でも、昨日よりは少しだけ柔らかいようにも見える。
彼が低く言うと、背筋がびくっと震えた。
言葉を続けるかと思ったけれど、彼は短く息をついてから言う。
その言葉が、やけに重く響いた。
男性の一人がくすっと笑う。
耳が熱くなるのがわかる。
昨日の深夜のことを思い出してしまい、手が少し震えた。
香ばしいコーヒーの匂いと、この3人の圧のせいで胸の鼓動が早い。
スーツの男性がじっとあなたを見る。
まるで“確認”するような声。
あなたは慌てて頷く。
彼は感情を表に出さないまま視線を戻した。
まるで評価されたようで緊張が走る。
柔らかい笑みの男が続ける。
言葉に詰まっていると、楽が小さく声を落とした。
唐突な注文に、あなたは「は、はいっ」と返して注文をとった。
けれど会話の余韻で手元がわずかに震えた。
2人の男性は席に向かうが楽だけが一度足を止め、ほんの少しだけあなたを見返した。
疑問がありながらも、あなたはコーヒーを淹れ始める。
3人が座る姿は、どう見ても普通の客ではない。
空気の重み、視線の強さ、静けさ。
けれど不思議と、怖いだけではなかった。
昨日助けた男性が、こうしてちゃんと歩いている。
それが何より嬉しかった。
──この再会が、あなたの日常を大きく変えるとも知らずに。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。