本当に大慌てで来てくれたのだろう。なつは部屋着の状態で、扉を開けてすぐに家に飛び込んできたなつにらんは声を潜めるように、指を立てる。一応ぐっすり眠っているらしい子どもを起こすのはさすがに忍びない。
なつを連れて子どもを寝かせている部屋へ向かう。扉を開ければ、ベッドに横たわったままの子どもが規則的な寝息をたてていた。それを見て、らんはほっと息を吐く。だが、横のなつはそれどころではない。
子どもの顔を上から覗き込んだ瞬間の呆然したなつの表情に、らんは同意するように深くうなずいた。
どこか難しそうな表情でじっと子どもを見つめるなつを不思議に思いつつ、らんはとりあえずお茶をなつに差し出した。
当然なことを言ったつもりだが、なつは飲んだお茶を吹き出しそうな勢いで驚いている。その反応が怪しくてジトッとした目線を送れば、どこか焦ったようにチラチラと子どもを見るなつ。これで怪しくないという方が無理である。
らんにズバッと言われ、なつが言葉に詰まる。あとひと押しだと思い、さらに圧をかければ、なつは少し逡巡した後に言い逃れを諦めたようでゆっくりと口を開いた。
そこからなつが語った内容に、らんは思わず目を見開いた。
子どもの名前は入瀬といい、いるまの遠い親戚だという。以前なつがいるま家に遊びに行った時に彼が預けられており、その時に知り合った。そして一番衝撃的なのが、彼は親から理不尽に暴力を受けている可能性があるらしく、時々このように逃げ出すそうだ。
話を聞くうちにみるみると血の気が引いていくらん。こんな酷いことがあっていいのか。
てっきりこのままいるまが預かるものだと思っていた。まさか自分が引き取ることになるなんて思ってもおらず、らんは思わず悲鳴のような声をあげる。しかし、なつはそれに動じない。むしろそれが当然だと言うようにうなずいている。
突然聞こえた第三者の、幼さによる特有の高い声。その声の主はらんのベッドですやすやと眠っていたはずの入瀬だった。いつの間に起きたのか、いるまによく似た真っ直ぐな目線をらんに向ける。
そう言っているまはベッドから飛び降りると、そのままらんに向かって突進してきた。突然のことに反応できなかったらんは、数歩たたらを踏む。
からかい混じりにらんの耳元でそう言うなつに、らんは顔を赤くしながらそう叫んで逃げるように部屋から飛び出していく。そんならんの背中を見送って、なつはベッドのはしに腰掛けた。
そう言って入瀬に、なつは向き直る。入瀬はどこか不満そうにベッドに腰をかけ直すと、なつの視線を正面から受ける。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!