あなた side
会場を満たすざわめきが耳に入り込んでくる。
拍手、弦音、床を踏む音___________それらが混ざり合い、
胸の奥を微かに揺らしていた。
僕は準備室の隅で、弽の準備や弓の状態を確かめていた。
弦の張り、矢羽の向き、手に馴染む感触。
一つひとつを指先で確かめながら、
心の内では呼吸を整えていた。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
鼓動が少しずつ、いつもの速さに戻っていくのを感じる。
不意に、頭上から声が落ちてきた。
僕は顔を上げると、視界に入る大きな瞳が映し出される。
ふわりと額にかかる前髪が揺れ、どこか余裕のある表情を浮かべた
蛍火幽の姿があった。
それに僕は、
視線を向けると、そわそわとした様子の一年生たちが目に入る。
腹を押さえたり、何度も深呼吸を繰り返したり。
その必死な様子に、自然と目が細くなる。
三年生の自分たちより、
ずっと張り詰めた空気を漂わせる一年生たちから視線を戻し、
再度幽を見る。
その言葉と一緒に、僕は静かに幽へと目線を向ける。
そんな独り言が幽の口から溢れでる。
しかし幽はすぐに笑みを浮かべ、「わかったよ」と一言。
その背中を見送ると、僕は再び一人の時間へと戻る。
胸の奥でなる鼓動に耳を澄ませながら、もう一度、深く息を吐いた。
正直、幽のあの一言は図星をついていた。
僕は平常心を装っていたものの、
心臓は耳元でなっているのではないかと思うほど、
激しく鼓動していた。
深く息を吸って吐き、「いつも通り」を取り戻そうとするたび、
うまくできない自分の未熟さに気づく。
視線を床へと落とし、気持ちを整えようとしていた、
そのときだった。
不意に、背後から僕の名前を呼ばれる。
聞き覚えのある声に、僅かに肩が跳ねた。
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは__________
藤原愁。
あの時と変わらない、穏やかな笑みを浮かべていた。
その笑顔に胸の奥がチクッと何かが刺さる音が聞こえたが、
今は何か返さねばと思い、口を開く。
けれど、名前を呼んだだけで、
続く言葉が喉につかえてしまった。
気まずい沈黙が流れる中、
藤原は気にした様子もなく、
もう一度小さく微笑む。
どうやら、無意識のうちに湊の姿を探していたらしい。
僕の目線だけで気づいた藤原に、僕は思わず目を見開いた。
次の瞬間には、彼はふっと力の抜けた笑みを浮かべ
そう最後に言い残し、去っていく藤原の背を、
ただ僕は意味もなく見つめていた。
そして、その後に呼ばれた僕の名前で、僕はその場を後にした。
白陵の戦績は、団体戦二十射十九中という
圧倒的な結果で優勝を勝ち取った。
一方で僕は、個人戦で二位。
悔しさがないと言えば嘘になるが、不思議と心は静かだった。
一位は桐先の貴公子____________「藤原愁」。
その名を轟かせ、弓道全国大会は幕を閉じた。
ざわめき中、その声だけが、やけに大きく、耳に入り込んだ。
話し声や笑い声に埋もれず、まっすぐに響く声。
きっと、呼びかけられた人物にははっきりと聞こえていたのだろう。
帰り際、会場のエントランスで湊を見つけた。
その隣には、僕たちを静かに見守るような視線を向ける竹早がいた。
何も言わず、ただ状況を見据えるようなその眼差しに、
僕は臆することなく湊に向き直る。
空気がほんの一瞬だけ張り詰めた気がした。
その中で、僕と湊の視線が、確かに交わった。
湊は驚いたように、そう口にした。
大会だから、当然僕だっている。
そんな当たり前のことすら頭から抜け落ちるほど、
湊は動揺していたのだろう。
僕はそう素直に言うと、
湊はハッとしたように目を見開く。
瞬きの回数が増え、視線が定まらない。
その様子に、僕は少しだけ胸が詰まるが、
お構いなく口を開く。
割れた音を確かめるために_________
__________湊なら、早気なんてすぐに治せる。
__________そうでしょ?
そう、言おうと勇気を振り絞って出した声。
言いかけた言葉が、
湊の叫び声にも似た呼びかけで遮られた。
強く、必死な声だった。
周囲のざわめきや笑い声は、遠くでぼやけていく。
まるで、湊と僕しかいないような、そんな感覚。
そして、目の前には唇を噛み締め、
今にも泣きそうな顔をした湊だけがいた。
拳は爪が食い込むほど硬く握られている。
震えを抑え込もうとしているのが、自然と伝わってきた。
その言葉を聞いた瞬間___________
僕は目を見開いた。
____________は?僕が?湊を?失望?
僕は喉の奥をひくりと動かす。
冷静を保てと僕は手を握りしめる。
しかし、沸々と湧き立つ何かが、それを遮った。
僕はいつの間にか湊に近寄り、湊を睨みつけていた。
僕の身長では湊を見上げる形になるので、
威圧感はなかった思うが、
今の湊にはこれぐらいでも効いたようだった。
湊は握りしめていた手を開いていた。
おそらく、僕が胸ぐらを掴むかもしれないと、
咄嗟に取った行動だったのかもしれない。
生憎、僕はそんな力はないし、
胸ぐらを掴んだとしても、
すぐに振り払われてしまうだろう。
それに、僕はそんな乱暴なことを湊にしたくない。
これが、最後に残っている僕の理性だった。
湊を威圧するように、僕は低い声を意識的に出す。
自分は普段は温厚な奴だと思っている。
こんな声を出すのは本当に稀だった。
湊は、そんな僕の様子についていけなかったのか、
湊は目を大きく見開き、
後退りする一歩手前で固まっている。
そして次の瞬間には、苦痛に歪んだ湊の表情が、
視界いっぱいに広がった。
僕はハッと我に帰り、咄嗟に謝る。
少し、頭に血が上りすぎていたみたいだ。
僕は自分を落ち着かせるように一度、深く息を吐く。
湊は俯いたまま。
唇を噛み、何かを必死に耐えているような顔をしていた。
もう、これ以上何かを言えば、
逆に壊れてしまいそうな気がした。
だから僕は
湊に向けて、一言だけ___________
僕は白陵弓道部がいるスペースへ戻るため、
湊に背を向けて歩き出した。
人気がまばらとした廊下にたどり着いた頃、
僕は壁に寄りかかり、そのままずるずるとしゃがみ込む。
僕は、熱を覚ますように目を閉じた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。