あなた side
ピロン
ポケットに入れていたスマホの通知音が鳴る。
僕はその音に立ち止まった。
前を歩く健四郎たちにそう軽く声をかけ、足を緩める。
僕はポケットからスマホを取り出し、
指先でロックを外しメールアプリを開いた。
一番上に表示された新着通知。
そこにはっきりと「鳴宮湊」と書かれた文字が目に入る。
僕は迷わずそのチャットをタップした。
最初に目に入り込んできたのは短い一文。
『今、大丈夫?』
僕は画面を見つめたまま、ほんの一瞬考えてから
僕はそのコメントに『大丈夫』と打ち込み返信をする。
すると、ほとんど間をおかずに
ピロン、と通知が耳に届く。
『電話かけられる?』
周囲の喧騒をよそに、僕の意識は画面の文字だけに吸い寄せられる。
僕は文字を打つ指を止まらせることなく『いいよ』とだけ入力した。
耳元のすぐそばで湊の声が聞こえる。
それに僕は無意識のうちに頬が緩む。
その様子を近くで見ていた女子生徒たちが
「恋人かな!?」とひそひそと話す声が聞こえた。
その言葉に我に返り、僕は口元を押さえた。
視線を逸らしながら、通路の脇へと足を運ぶ。
壁に寄りかかり、冷たい感触を確かめながら、
ゆっくりと息を吐いた。
自然と笑みが漏れる。
僕の頬は緩み切っていた。
「やっぱ恋人だよ!!」と盛り上がる女子生徒たちの声は
聞こえなかったことにした。
「湊」
舌の上で転がしたその呼び名は
何度も読んできたようにやけに馴染んでいて、
躊躇いもなく口からこぼれ落ちた。
言葉を濁す湊は、何か言いかけては飲み込んでいるようだった。
電話越しでもわかるほど、その間が長かった。
それに僕は急かさず、湊の言葉を待つ。
スマホを握る指に、少し力が入った。
やがて湊は決心したように小さく息を飲み込んだ。
そう言葉を紡ぐ湊の声は先ほどとは
比べ物にならないほど弱々しかった。
僕は咄嗟に何を返せばいいかわからなくなる。
軽い言葉で片付けてしまうのが、怖かった。
無責任なことを言って傷つけたくない。
でも同時に、また弓道に触れてほしいという思いも
確かにあった。
その二つがせめぎ合い、言葉は喉の奥で詰まる。
僕は無意識のうちに手を握りしめていた。
壁に寄りかかり、背中に伝わる冷たさが、
唯一自分を落ち着かせる方法だった。
そして、ゆっくりと息を整え、口を開く。
一回言いかけた言葉を飲み込み、
湊を肯定するような、
そんな言葉をかけたつもりだった。
つっかえながらも、言葉を紡いだ僕の声は、
自分でもわかるほど弱々しかった。
それを悟られないように、電話越しでも、
意識して口角を上げる。
明るい調子を装い、少しだけ声のトーンを高くする。
その言葉に嬉しさが込み上げる。
けれど、それだけで湊の迷いが晴れたわけじゃないことも、
はっきりとわかっていた。
そうわかるほど、湊の声は曇っていたからだった。
僕は自然と眉が下がり、弱々しい笑みを浮かべる。
気づけば、さっきまで耳に入っていた女子生徒たちの声は聞こえなくなっていた。
代わりに静寂の中鳴り響く耳鳴りが僕を包み込んだ。
そう返した直後、ピッと乾いた音を立てて通話が途切れた。
暗くなった画面をしばらく見つめる。
画面に映し出された僕の顔は自分でも驚くほど歪んでいて、
笑っているのかどうかすらもわからなかった。
僕は自嘲するように一つ息を漏らす。
僕は壁に寄りかかり、
背中に伝わる冷たさを感じながら、
しばらく動けずにいた。
僕は、自分を落ち着かせるように目を閉じる。
思い起こされるのは弓道の全国大会があったあの日____________












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!