第37話

第35話:「誰かに買われたかった」
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2025/07/08 01:07 更新
地下から戻った一颯は、誰にも見つからないように校舎裏の非常階段を使って、特別クラスの敷地を出た。
それから数時間──朝が近づいていた。

制服のまま、人気のないグラウンドの片隅で、神楽彩女が一人座っていた。

白いカーディガンを羽織り、少しだけ寒そうに、夜明けの空を見上げている。

「彩女」

呼ぶと、彼女はゆっくりと振り向いた。

「来ると思った」

「……話がある」

「私からでもいい?」

少し戸惑いながら、一颯はうなずいた。

彩女は、地面に落ちていた石をひとつ拾って、指先で転がしながら話し始めた。

「私、小さい頃から“買われるための子”だったって言ったよね。
 でも、実は……最初は、“誰にも選ばれなかった”の」

「……?」

「可愛くなきゃダメ、従順じゃなきゃダメ、価値がなきゃダメ。
 そうやって“選ばれる”のをずっと待ってたのに、
 最初の数年、私の札にはいつも“購入者なし”って貼られてた」

彼女は石を止めて、拳で握りしめる。

「だからね、私……一度、願ったんだ。
 “誰でもいいから、私を買って”って。
 “この孤独から、私を引きずり出して”って」

その声は震えていた。
けれど、涙はこぼれなかった。

「それでも選ばれないと、人は壊れていくの。
 自分には価値がないって、そう思うしかない。
 その頃からだったかな……“誰かに買われること”が、
 私の中で唯一の希望になっていったのは」

「……彩女」

「だからね、一颯。
 お前みたいに“助けたい”とか“救いたい”とか、
 そんな風に言われると……怖いの」

彼女が、初めて泣きそうな顔をした。

「期待しちゃうから。
 “私にも、普通の人間みたいな幸せがあるんじゃないか”って」

沈黙。

一颯は、一歩前に出る。

「それでいいじゃん」

「え……?」

「期待していいんだよ。
 お前には、助けられる価値がある。
 誰かに選ばれなくたって、自分で生きていい。
 だってお前は、“神楽彩女”なんだから」

言葉が、ゆっくりと彩女の胸に届いていく。
彼女の目に、うっすらと涙が浮かんだ。

「……一颯、バカだよね、ほんと」

「知ってる」

そう言って、ふたりはわずかに笑った。

けれど。

遠くで、何かの警報音が鳴り響いた。

一颯のポケットに、1件のメッセージが届く。

「契約進行:真壁陸、予約手続き完了」
「明日午前10時、引渡し予定」

──猶予は、あと1日しかなかった。

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