主人公 side
あのあと、
いつの間にか目を覚ましていたジュノンを病院へ連れて行き、
解熱剤を処方してもらい、顔色もだいぶ良くなったため、お暇することにした。
ベッドから出て、玄関まで着いてきたジュノン。
心無しか、寂しそうな顔をしている…気がする。
風邪ひいてる時って不安になるもんね。
そう言うと、ジュノンは嬉しそうな顔をしたあと、
私の腕を、グイッと引き寄せた。
そしてそのまま、
おでこに当たる、熱くて柔らかい唇。
突然のおでこへのキスには驚いたし
勘弁してくれ…の気持ちだけど、
いつもの飄々とした様子を見られて少し安心、かな。
ふにゃっとした笑顔で手を振るジュノンに
呆れた視線を返しながら、お大事に、と伝えて彼の家を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マンションのエントランスを出たところで
なんとなく顔を上げると、正面から歩いてくる男の子を見つけた。
キャップを目深に被っていて、ハッキリと顔は分からなかったけれど、すぐにソウタだとわかった。
ジュノンとソウタが同じマンションに住んでるの、一瞬忘れてた。
時計をちらりと見ると、午後7時。
今日の彼らの撮影は夕方に終わる予定だったはずだから、普通に帰宅してきただけか。
安心したように笑ったソウタ。
これは相当、心配してたんだな…。
あとで他のメンバーたちにも、連絡してあげよう。
予想外のお誘いに、思考が一瞬停止した。
……いやいやいや、まぁ一緒にご飯はわかるんだけど
今……"ウチで"って言った?
……ていうか、
一応、私たち過去に一線超えた実績がある男と女なわけだし、
2人きりで家で…てのは、如何なものなのよ、ソウタくん。
と、心の中で思いつつ、
"意識してる"と揶揄われる未来しか見えないので口に出すのは辞めた。
拗ねたような声を出すソウタ。
……またもや聞こえるような気がする、
"あの"悪魔の囁き。
恐る恐るソウタの顔を見ると、
思った通りの不敵な笑みを浮かべていた。
両手を顔の横に上げて、降参のポーズを取った私。
そのまま連れていかれるかと思いきや、
何も言わずに私をじっと見つめているソウタ。
その表情は、まるでこれから置いてけぼりにされるワンコのように寂しそうで。
不覚にもちょっと、可愛いな、なんて思ってしまった。
ぱぁっと笑顔になったソウタ。
無邪気な様子に、拍子抜けしていると、
手をぎゅっと握られた。
しかも、ただ握られただけじゃなくて
指を絡める…所謂、恋人繋ぎ、ってやつ。
そのままズンズン歩き出して、
エレベーターのボタンを押すソウタ。
到着したエレベーターに乗り込み、
扉がしまったあとも
手を振りほどこうと必死になっている私を見て、
彼はまたもや、不敵な笑みを浮かべた。
囁くように、放たれたその言葉。
狭いエレベーター内に響く私の声と、
楽しそうなソウタの笑い声。
……そんなん、有り……?
軽快な音を立てて開いたエレベーターの扉から出て
私の手を引き、歩き出す彼。
振り解けない、力強い手。
相変わらず……読めないなぁ……。
……まぁ本来、私たちは
お酒の力が加わらなければ
"そういう"ことには絶対にならなかったはずの関係。
2人でご飯を食べるだけなら
何が起きるはずも、ないでしょう。
自分にそう言い聞かせて、抵抗を辞めると
彼は一瞬振り返って、柔らかく微笑んだ。
第9話、完
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。